第20話 気付き
私は毬絵の葬式に参列した。花澄が一緒に行こうかと言ったが、私は断った。友達の死に対して何も思っていない人間が、葬式に顔を出したりなんかしちゃいけない。
私は制服をきちんと着て、お焼香をさせてもらい、棺桶の中の鞠絵と最後のさよならをして、彼女が火葬のために運ばれるのを見送った。涙の跡を手のひらでこすり、すごすごと葬儀場を後にする。
その時、どこかで聞いたような声が私を呼び止めた。
「お嬢さん」
私は緩慢な動作で顔を上げた。
そこにはいつかのおじいさんが立っていた。今日は隣に若い青年を連れている。
「良かった、やっと見つけられた」
おじいさんは言った。
「僕は勘が鋭くてね、人の気配や考えていることがすぐ分かるんだけれども、今回は相手が悪かったからね」
何を言っているのだろう。いや、今は誰が何と言おうとどうでもいい。
「……ちょっと今は勘弁してくれませんか」
私は平坦な声で言った。
「友達が死んで落ち込んでるんですよ」
「知っているよ。だからお嬢さんにかけられた呪いが解けた。また呪いにかかる前に、会っておかなくてはと思ってね」
またちんぷんかんぷんなことを言う。私は少し苛立った。
「わけわかんないこと言わないでください。この前から一体何なんですか」
「そうだね、この際だから自己紹介でもしておこうか」
「いや、いらないです。お引き取りください」
「まあそう言わず。僕の名前は
「……そうですか。じゃあもう行きますんで」
私は心底興味が無いといった態度で言って、歩き出そうとした。
ところが、次の石野さんの言葉で足を止めた。
「木嶋冴子さん」
「えっ」
名乗りもしないのに名を当てられた。さっき言っていた勘とやらで分かったのだろうか?
驚く私に対して、石野さんは続けた。
「あなたは松原花澄に気に入られて、洗脳されている。薄々気づいているんじゃないかな? 心当たりがあるだろう?」
「……」
私はまじまじと石野さんを見た。それから呟くように言った。
「……あります」
図星を指されていた。
そう、本当は分かっていたのに気づかないふりをしていた。おかしいとは思っていたのだ。
花澄といると不安も痛みもなくなって、とても幸せになる。彼女の言うことならどんな理不尽なことでも納得してしまうし、彼女のために献身的でありたいとすら思っているし、実際私は彼女の願いをほとんど全て叶えてあげている。
普通の精神状態ならありえないことでも、花澄といると平然とやってしまう。明らかにおかしいのだ。
「松原花澄は厄介だ」
石野さんは言った。
「彼女は計り知れない程の力を持っている。その中でも特にお嬢さんにとって危険なのが、洗脳だ」
「……はい」
花澄と一緒にいない今ならよく分かる。
私は、とんでもなく危険なことに、全身どっぷりと浸かってしまっているのだ。
「このままではお嬢さんの身も心も、それから世界も危ない。幸い、君の持っている親御さんの形見が功を奏してはいるが、その力も微々たるものだ。そこで、精神系に秀でている光川君を連れて来たというわけだよ。彼にはちょっとしたおまじないをかけてもらう」
「おまじない」
私は身構えた。
「ああ、悪いものではないから安心してくれていい。お嬢さんを松原花澄の洗脳から守ることを目的とするものだからね。害意は無いよ」
「はあ……」
「じゃあ光川君、お願いして良いかな」
「はい、師匠」
光川さんは肩にかけていた黒いかばんの中から、小さな白い箱を取り出した。それを私の手に握らせる。
「開けてみてください」
私は言われるままに箱を開けた。中にはネックレスが入っていた。銀色のチェーンの先にハート形の輪っかが付いている、シンプルなデザインだ。
「つけてみてもらえますか」
「はい」
私は首の後ろで金具を取り付けて、ネックレスを首にぶら下げた。すると光川さんはそっとネックレスのハートの部分を持ち上げて、ただ一言、「
私は何となく、視界が広くなったような感覚になった。
「これで松原花澄の洗脳を軽減できるはずです」
光川さんは言った。
「あとは彼女になるべく近寄らないよう意識してください。できれば縁を切ること。それからもうユラユラ界には行かないように」
「はい」
私は神妙な顔で頷いた。
なるべく近づかないというのは難しいだろうとは思う。クラスでも部活でもずっと一緒にいるのだから。仮に私が花澄を避けたところで、彼女は気にもせずにぐいぐいと私に話しかけて来るだろう。そういう時に、このネックレスは役に立ってくれるのだろうか。
洗脳を軽減する、と光川さんは言っていた。洗脳を完全に遮断してはくれないようだ。でも何もないまま明日を迎えるよりは、このおまじないがあった方がずっといい。
「松原花澄のことは僕たちが全力で対処するよ」
石野さんは言った。
「お嬢さんはとにかく、自分の安全のことだけを考えていてくれればいい」
「分かりました。……あの、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「うん。最善を尽くすよ。それじゃあ僕らはこれで」
「はい。失礼します」
私はネックレスのハートの部分をそっと触ってから、その場を去った。
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