第18話 被害


 その後救急車と警察が来た。少女はその場で死亡が確認された。私たちは事情聴取を受けた。事件があまりに突飛かつ残酷なので、警察も困惑している様子だった。だが私に答えられることは何も無かった。ユラユラ人なんて証言をしても頭がおかしいと思われるだけに決まっているのだ。

 真実を知っていても黙っているしかないこの状況はつらかった。

 花澄も、救急車が来るまではへらへらしていたが、警察の前では大人しくしていた。花澄が警察に対してユラユラ人がどうとか言い出すのではないかと冷や冷やしたが、そんなヘマもしなかった。


 だが、ようやく警察から解放されて、道端で一休みすることになった時、私は我慢しきれずに花澄を問い詰めた。本当は花澄を責めたくなんかなかったけれど、あまりに非常識だと思ったし、私自身とてもショックを受けていたからだ。


「ねえ、子どもが亡くなったって時に、どうしてへらへらしていたの」

「え? 私、そんなことしてた?」

 花澄は呑気に言った。

「してたよ! 女の子が殺されてるのに止めてくれなかったし、半笑いで遺体を見てた! どういうつもりなの!?」

「ああ……」

 花澄は私のことをじっと見つめた。そして頓珍漢なことを言い出した。

「だってあれは、冴子が神様になった証拠だもん」

「は?」

「ユラユラ人が元気になったのは、冴子のお陰だから。食事をするようになったのも冴子のお陰。それが嬉しかったんだよねえ」

「……嬉しい? 何を言っているの? 人が死んでるんだよ?」

「そうだね。でも、やっぱり良かったなぁと思って」

「良くないでしょう!」

「良いよ。ユラユラ界にとっては良いことだよ。だからユラユラ界の神様である冴子も、喜んでいいんだよ。ほら、喜びなよ、冴子」


 ドクンと、心臓が一際大きく脈打った。体がふわふわと浮かぶような心地になった。

「喜ぶ……?」

 私はふにゃふにゃした声で聞き返した。

「そう。ユラユラ人が活動的なのは、良いことだよ。しっかり、覚えておいてね」

「良いこと……」

 一瞬、視界が真っ暗になった。やたらとくらくらして、私は顔を覆って俯いた。次に顔を上げた時、私は、事件のショックをきれいさっぱり忘れていた。


「そうだよね……」

 私は花澄に同意した。

「うん。そうなんだよ。冴子はちゃんと分かってくれるんだねぇ」

 花澄は満足げに言った。


 そうして、私はユラユラ人のせいで相次ぐ不審死を、歓迎するようになっていた。

 この地域で連続して不審死が起きている事態は、結構大きくニュースで報道されていたが、私はむごいとも何とも思わなかった。


 だって、一連の事件は、私が起こしたようなものだから。

 手を下したのはユラユラ人でも、そのユラユラ人をけしかけたのは、神様である私なのだから。

 そしてそれは全然、悪いことなんかじゃないんだから。


 だから私は今日も平然と学校へ向かう。学校は不審死の話題で持ちきりだった。みんな怖がっていた。被害者に何の関連性もない、完全に無作為の猟奇的な殺人事件なのだから、当たり前といえば当たり前だった。

「次は誰だろう」

「嫌だ、死にたくない」

 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 外出するのを嫌がって不登校になる生徒も続出している。


 そんな中でも毬絵は比較的気丈な方だった。

「怖いね、連続不審死事件」

 今日の天気のことでも話すかのように、そう私に話しかける。

「うん、そうだね」

 私は嘘をつく。

「全く、参っちゃうよ。犯人が早く捕まればいいのにね」

「そうだね」

 私はまた嘘をついたが、後ろめたくも何ともなかった。


「それで、冴子は今度は何を描いているの? 殺人鬼?」

 私は手を止めた。

 私が書いているのは、お母さんの絵だった。それも、神様の姿をしたお母さん。

 先日ユラユラ界に行った時にはまたしても写真を撮り忘れたので、やっぱり記憶頼りだが、結構正確に表現できていると思う。

「これは……夢に出てきた怪物」

 私は答えた。ひゃーっと毬絵は大袈裟に驚いてみせた。

「怖い夢を見るんだね。まるで悪魔だ」

「うーん、最初は怖かったけど、しばらく見ている内に慣れたよ。こういうものなんだって」

「そうか。まあ夢ってだいたい意味不明だからね」

「うん。……毬絵は、最近はずっと胸像をデッサンしてるよね」

「色んな角度で描いてみてるんだ。これが意外と面白くてさ、描くたびにたくさん発見がある」

「へえ。……やっぱり私もやった方がいいかな?」

「うーん、好きなものを描けば? あ、でも、やりたいなら私はいつでも歓迎するよ」

「ありがとう。検討するよ」


 私はまた筆を手に取った。

 最近は、ユラユラ人に蹂躙されるだけの弱々しい人間なんて、どうでもいいと思うようになっていたが、一部の人に関してはそうではない。

 一番大事なのはやっぱり花澄だが、毬絵だってよく話しかけてくれるから好きだし、叔母さんだって私の世話を焼いてくれるから恩を感じている。


 だが不思議と、彼らがユラユラ人に殺されるかもという恐怖はなかった。

 だって、私が神様である限り、ユラユラ人は私の嫌がることはしないだろうから。

 そう思っていた。


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