第15話 忠告
やはり、どこかで見た顔だと思った。一所懸命に記憶を辿って、辛うじて思い出す。
祓い屋とやらをやっている、あのおじいさんだ。前に学校の近くで会った。
「お嬢さん、久しぶり」
「あ、はい」
私は警戒心も露わに返事をした。
何しろこのおじいさんはユラユラ人を殺す。花澄の敵と言っても過言ではない。花澄の敵は私の敵だ。
だがおじいさんは私の態度を全く意に介さなかった。ずけずけと話しかけて来る。
「お嬢さんは、随分とユラユラ人に慣れたみたいだね」
「……どうして分かるんですか」
「顔を見ればね、分かるんだよね」
おじいさんは微笑んだ。
それから、急に、突拍子もないことを言った。
「お嬢さんには特別な力がある。そのせいで呪われてしまっているんだよ」
「はい?」
全体的に意味が不明だった。
特別な力? 呪い? そんな馬鹿げたものがあってたまるか。
「今、ありえないと思っただろう」
「……ええ、まあ」
「でもお嬢さんは既に非常に多くの超常現象に遭遇しているはずだ。そのせいでお嬢さんには大きな災厄が降りかかっているんだよ」
怪しげな占い師みたいなことを言う。
「……お言葉ですが、私は最近調子がいいんです」
私はいくらか棘のある言い方で反論した。
「学校でも楽しくやってますし、家でも問題は起きてません。災厄なんて、あなたの見立て違いじゃないですか」
そう言うとおじいさんは何故か悲しそうな顔をした。
「残念ながら僕にはユラユラ界に行く術が無い。だから詳細は分からないけれど、そこでお嬢さんに何かあったことだけは推測できるよ」
「……」
確かに色んなことがあったのは事実なので、私は不機嫌になって黙り込んだ。そこへ畳みかけるようにして、おじいさんはとんでもないことを言った。
「松原花澄とは、縁を切って、今後一切近づかないようにしなさい」
「!?」
私は頭から冷水を浴びせかけられたかのような衝撃を受けた。
「そんなことできません!」
気づけば夢中で叫んでいた。だって花澄は私の全てだ。花澄と離れるなんて考えたくもない。
「そう思い込んでいるだけなんだよ、お嬢さん」
おじいさんは全く的外れなことを言った。
「あれは危険だ。お嬢さんの手には負えない。今に大変なことになる。……それとも、もうなっているのかな」
「大変なこと? そんなの、全然なってません。逆に、良いこと尽くめです。花澄のお陰で、毎日が充実してます」
そう断言すると、おじいさんは黙った。そして小声でまたぶつぶつと何かを言った。
「思った以上に厄介だな……お嬢さんがそういう体質なのか……向こうの力が強すぎるのか……。いや、恐らく……」
「……? 何ですか?」
私は不審に思っておじいさんを凝視した。
だがおじいさんは、急ににこやかな顔になった。
「何でもない。そういうことなら構わないよ。引き留めて悪かったね」
「は、はあ」
態度を豹変させたおじいさんに、私は当惑して、間の抜けた返事をした。
「また会おう。それじゃあ」
おじいさんはぶらぶらとバス停前を後にした。
また会おうだなんて勝手に言われたが、私はもうこのおじいさんには会いたくなかった。花澄と縁を切れだなんて、そんなひどいことを言う人とは、もう関わり合いになりたくない。
私はますます不機嫌な気持ちになって、家路についた。
階段を登り、自分の部屋に入って、かばんを放り出して無造作に椅子に座る。何となくスマホを取り出すと、花澄からメッセージが届いていた。見てみると、スマホにはこんな嬉しい文面が表示されていた。
「明日、一緒にユラユラ界に行くよ」
私は歓喜のあまりガタッと椅子を蹴立てて立ち上がった。すぐに、喜びの気持ちを表したスタンプを送信する。
「今度は何をするの?」
質問すると、すぐに返事が来た。
「新しい神様としての最初の仕事だよ」
「仕事……? どんな?」
「それは行ってみてからのお楽しみ」
もう、と私は思った。花澄はすぐそうやって隠し事をして、サプライズを企む。だが、ユラユラ界に行けるというだけで喜ばしいのだから、これくらいは我慢して大目に見よう。
この日はうきうきして、宿題にも手がつかなかったし、家事手伝いの間もにまにま笑いながら手元がおろそかになっていた。
「何かあった?」
叔母さんが聞く。
「あ、うん。明日、友達と町に出かける約束をしたんだ」
「そうなの?」
叔母さんは少し嬉しそうだった。
「冴子にしては珍しいね。学校ではうまくやれてるってことかな」
「うん。凄くうまくいってる」
「そう。明日は帰りは遅くなるの?」
「分からない」
「……もう冴子も高校生だから、ある程度は自由にしていいけど、あまり遅くならないようにだけ気をつけなさい」
「はあい」
私は夢見心地のまま夕飯を食べ、風呂に入り、ベッドに横たわった。もう、頭の中はユラユラ界と花澄のことでいっぱいだった。バス停での毬絵からの苦言も、おじいさんに言われたことも、今となってはどうでもよくなっていた。
今はとにかく、明日の放課後が楽しみで、わくわくが止まらなかった。
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