第13話 慣れ
あれから一週間程度が経過した。
ユラユラ界には行っていない。
でも、変化はあった。
だんだん、ユラユラ人と遭遇しても、頭痛や息苦しさを感じなくなってきたのだ。今ではもう完全に平気になっている。
嬉しいことだった。いつどこで出現するかも分からないユラユラ人を警戒するのは非常に疲れることだったし、しょっちゅう頭痛を起こすのも迷惑極まりなかったから。
今日も、移動教室で理科室に行く途中、ユラユラ人が廊下の隅で立ち尽くしているのに出会った。だが私は何の体調不良も起こさず、花澄とおしゃべりしながら通り過ぎることができた。
良かった。これからはどうにか普通の日常を送れそうで。
……いや、実を言うと、ほんの少し不安がある。
花澄は、怪異に慣れたら頭痛が無くなると、以前言っていた。
私はユラユラ人のいる生活に慣れてしまったということだ。それを思うとどうにも不穏である。日常的にユラユラ人がいる生活なんて普通じゃないということくらいは分かっている。
加えて、頭痛が弱まってきたのは、確か私が神様にさせられて以後のことだった。ここから憶測するに、私とユラユラ界との繋がりがより深まったお陰で、頭痛を克服したみたいだと思えてくる。
しばらくこちらの世界にいるせいか、神様になれたことがめでたいという感覚は徐々に抜け落ちて来ていた。今では、何で私がユラユラ人の神様なんていう馬鹿げた仕事をしなくてはならないのかと、非常に億劫な気持ちになるほどになっている。だから、もし神様になったことを理由にユラユラ人との距離が縮まったのだとしたら、それは全然嬉しくないことだった。
頭痛がなくなったこと自体は良いことだが、同時にこれは悲観すべき状況でもある。複雑な思いが混ざり混ざって、私は廊下を歩きながら俯いた。
「どうしたの? 冴子。浮かない顔をして」
花澄がこちらを覗き込んで、話しかけてきた。
「えっと、ううん、ただの考え事」
「ユラユラ界のことを考えてるのかな?」
ずばり言い当てられて私は少し気まずかった。
「まあ、そんなところ」
「冴子も随分とユラユラ人に慣れて来たもんね。未知のものと交流するのは不安かもしれないけど、心配はいらないよ。ユラユラ人たちはみんないい奴らだからね。冴子がユラユラ人の友人になってくれたら私は嬉しいなあ」
「そ……そっか」
私はぼうっとする頭で、ユラユラ人に思いを馳せた。……確かに、見た目がちょっと変わっているだけで、彼らは悪い連中であるようには思えない。お友達になれたらきっと楽しいだろう。
私には何も、平々凡々なスクールライフを送る必要など無い。それよりも、友達と異界にトリップするような、摩訶不思議で刺激的な毎日の方が、うんと魅力的だ。せっかく良い友達に出会えたのだから、めいっぱい楽しまなくては。
やっぱり、頭痛は無くなってよかったのだ。ユラユラ人に会うたびに頭痛やら吐き気やら息苦しさやらを起こしていたら、身がもたないし、彼らとの距離も縮まらないだろう。そんな調子では、花澄もがっかりしてしまう。
ユラユラ人に慣れるのは良いことなのだ。素晴らしいことなのだ。
自信が湧き上がってくるのを感じる。私は花澄の友人であり、それゆえにユラユラ人とも友人なのだ。しかも私は神様だ。神様なのだから、自信満々でいるのは当たり前。ユラユラ人に会ったら、堂々としていればいい。
こんなに簡単なことだったのに、どうしてさっきまであんなにくよくよと迷っていたのだろう。
「ありがとう、花澄」
私は言った。
「ん、なあに?」
「お陰で不安がなくなったよ。自信も出てきた。私、ユラユラ人と仲良くなれるかもしれない」
「本当? やったあ」
花澄はにこにこと微笑んだ。
花澄が嬉しいと私も嬉しい。これまでにないほどの多幸感に全身が包まれる。
花澄が私に望むことがあるならば、私は全力でそれを叶えたいと、強く思った。
「ようやくだねえ」
花澄は言った。
「ようやく? 何が?」
「冴子と以心伝心できるようになった気がするの。やっぱり親友ってのは思いが通じ合うものでしょう? それができるようになったみたいで良かったなぁと思ったの」
私は舞い上がるような心地になった。
花澄と以心伝心! こんな喜びが他にあるだろうか? 私はもっと花澄を喜ばせたいという衝動に駆られた。そこで、さっそく提案をした。
「ねえ、今度またユラユラ界に行こうよ」
「うーん」
花澄は困ったように首を捻った。
「まだその時期じゃないけど、もうすぐまた行けるようになるよぉ。その時になったらちゃんと伝えるから、楽しみにしていてね」
「うん! 分かった! そうする!」
私は張り切って答えたのだった。
理科室に到着した。そこにはユラユラ人が三匹も集まっていたが、私が体調を崩すことは全く無かった。私はますます自信がついてくるのを感じた。
慣れるのはいいことだ。慣れれば慣れるほど、花澄は喜ぶだろうから。
もはや私の行動基準は、花澄が幸福であるかどうかにかかっていた。
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