第3話 友達

 幸いにも、花澄とはクラスが同じ、一年三組だった。

 担任の先生が来るまでの間、私は花澄から、ユラユラ人がどういうものかを聞きたかったが、花澄の返事は要領を得なかった。


「ユラユラ人って何者なの?」

「何者、ねぇ……。彼らはああいう風に創られた存在なんだよ」

「えぇ……? ごめん、よく意味が分からない……」

「ああ見えて悪い奴らじゃないんだよ〜」

「そうなの……? でも、あいつらが近くにいると、私、頭痛がひどくて……」

「あー、慣れない内はそうかもねえ。冴子はまだ見えるようになったばかりなの?」

「うん、まあ……」


 私が、異界人を見られるようになった理由を訥々と語ると、花澄は興味津々に耳を傾けてくれた。因みに花澄は生まれつき異界人が見えるらしい。

「そっかあ、白波神社ねえ。あそこにもユラユラ界との繋がりがあるからね」

「他にも繋がっている場所があるの……?」

「うん。この高校の近くに大波神社ってのがあるでしょう。あそこはメジャーな出入り口になってるね。……高校の辺りに来てから、ユラユラ人は多くなったでしょう」

「……そう言われればそう、かも」

「あれはね、観光に来てるんだ。ユラユラ界にはもっとたくさんのユラユラ人がいるよ」


 私は考え込んだ。観光に来ている……つまり両世界間の移動は容易だということか。

 ということは……。

 ある可能性に思い至った私は、また花澄に尋ねた。

「ねえ、ユラユラ人がこっちの世界に来てるってことは、逆に、人間がユラユラ界に行くことってあるの?」

 花澄は何故か嬉しそうな表情をした。

「稀だけど、あるよ。冴子、あっちへ行ってみたいの?」

「え、いや、ええと」

 私は今度はお母さんがいなくなった経緯を話した。

「……だから、お母さんはもしかしたらまだユラユラ界で生きてるのかなって……」

 そう呟くと、花澄は一際華やかに笑った。

「会いに行く? 明日の放課後にでも」

「えっ」

 行けるのか、そんなに簡単に。

「行けるよ。私が案内してあげるもの」

「ええと……」


 私は少し迷っていた。頭痛を引き起こす正体不明のものがたくさんいるという場所に行くのは、気が乗らない。だが、何故か言葉の方が先に口を衝いて出てきた。

「行きたい」

「やったあ! じゃあ明日の放課後は一緒に遊ぼう」

 花澄は更に笑みを深めた。花澄が笑うと私は不思議と多幸感に包まれる。行くと言って良かったと、私は心から思った。

 友達と遊びの約束を取り付けた経験もあまりないから、私に対して一緒に遊ぼうと言ってくれた花澄には、いくら感謝しても足りないくらいだった。


 その日の帰りは、教科書などの荷物をたんまり鞄に詰め込んだ。異界探検は今日じゃなくて正解だったと思う。こんな重い荷物を抱えて未知の旅へ出るなんて無謀が過ぎる。

 バス停の方に行こうとして道へ出た私は、思わず小さく「うわ」と言った。頭が内側から金槌で叩かれいるようにガンガンと痛む。

 生徒や通行人に混じって、ユラユラ人が数えきれないほど出てきていた。


「大丈夫?」

 花澄が声をかけた。

「だ、だいじょぶ……」

 私は花澄を心配させないために答えたが、実際は全然大丈夫じゃなかった。頭だけでなく、息まで苦しい。肺が圧迫されるようだ。私は思わずうずくまった。

「ありゃあ」

 花澄は言って、私の頭に手を置いた。すると不思議なことに、すぐに痛みは引き、呼吸も楽になった。私は驚きと感謝の念をもってして花澄を見上げた。花澄は私の前に進み出ると、また、謎の呪文を唱えた。

「と、あ、い、げ」

 すると驚くべきことにユラユラ人たちは、サーッと同じ方向へ、滑るように移動し始めた。向かった先は大波神社のある方向のようだ。一分もしないうちに、ユラユラ人は道路から完全に去っていた。

 花澄はよっこいしょと鞄を背負い直し、私に手を差し伸べて助け起こしてくれた。

「さあて、帰りますか」

 

 花澄は、バス停まで私のことを送ってくれた。当の花澄は高校には徒歩で通うらしく、にこやかに手を振って「また、明日ね〜」と歩み去った。

 何て良い人なんだろう、と私は思った。

 私のことをこんなに何度も助けてくれるなんて。他人にこんなに優しくされる機会なんて滅多にない。きっと花澄は素晴らしく心の綺麗な人なのだろう。

 初対面の私に気軽に接してくれる花澄は、私にとっては非常に魅力的に映った。いつでも笑みを絶やさないその態度には好感が持てた。初日からこんな素敵な友人を得られるなんてラッキーだ。

 私の友人。初めての仲良しさん。


(良い人、良い人、とっても良い人!)

 私はほとんど花澄に心酔していた。会ったばかりでこんなに親愛の情を抱くなんて、ちょっと変な気もしたが、途方に暮れていた私を救ってくれた恩は大きい。とにかく私の心は幸福で満たされていた。


 明日また会えるのが楽しみで仕方がなかった。もしかしたら高校では、これまでとは違って、薔薇色のスクールライフが待っているかもしれない。そんな前途洋々たる思いで私は胸がいっぱいになった。

 行きとは打って変わって、晴れやかな気持ちで、私は帰路に着いた。

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