第4話


 ついに来てしまった。

 眼前に広がる一面の碧に自然と心が踊る。

 キラキラと反射する水面、どこまでも高く澄んだ空、そしてそれらが溶け合う水平線。それらの美しい景色に感動を覚える。それも愛する恋人と一緒に見たのなら感動も一入というものだ。

 海開きはとうに過ぎている為、ビーチはそこそこ賑わっていた。

 早速私は海の家に行き、パラソルを一張り借りてちょうど見晴らしのいい場所を陣取る。

 レジャーシートを引き、荷物を置き、よしっ!これで準備完了。

 あとは可愛い恋人がパーカーを脱ぐ決心をしてくれたら完璧なのだけど…。

 そう思って隣でパーカーに包まっている綾にじっとりした視線を送る。

 綾は私の視線に居た堪れない気持ちになったのかアレコレと言い訳を始める。

 「だってだって私千恵みたいにスタイル良くないんだもん!知恵は良いよね!身長高いし、足も長いし、肌も白いし、おっぱいだってくびれだってあるんだから!完璧なスタイルだもん!それに比べて私は身長低いし、足短いし、おっぱいもないし…。あー、もう!神様は不公平だー!!」

 そんな風にいじけている綾を見ているのも好きだが、今は笑顔の綾を見ていたかった。だから私は彼女を褒める。

 「そんなことないよ。綾は最高に可愛いよ。女の子なんだから身長は小さい方が可愛いとおもうよ。あとね、貧乳ってのは立派なステータスなんだよ?」

 「千恵のバカーっ!!」

 私の失言に気を悪くした綾は包まってたパーカーの上からタオルケットまで被って完全防御体制に入ってしまった。

 しまった。性癖が出て来てしまった。

 咳払いをして仕切り直す。

 「ゴホンッ…、綾は世界一可愛いよ。それとも綾は私が嘘をついていると思うの?」

 私の褒め言葉に気を良くしたのかタオルケットの隙間から綾がチラッと顔を出している。かわいい。

 更に追い討ちをかける。

 「綾、私に可愛いお顔を見せて。私に綾の可愛い姿を目に焼き付けさせて」

 あ、タオルケットからひょこって顔を出した。かわいい。

 ここまで来たらもう一押しだ。

 「このままじゃ日焼けしちゃうな。誰か私に日焼け止めをぬってくれる優しい人はいないかなー?」

 すると顔を真っ赤にした綾が包まっていたタオルケットを脱いで、勢いよく手を掲げて立候補する。

 「ち、知恵がどうしてもっていうならやってあげないこともないけど?」

 「そう?じゃあお願いしようかしら」

 そう言って綾に日焼け止めクリームを渡し、寝っ転がる。

 ビキニの肩ひもをとって綾に早くぬるようにせがむ。

 「お願いね?」

 綾はゴクリと喉を鳴らしてクリームを手に取り、恐る恐ると言った感じで私の背中にその小さな手を触れる。

 綾の手のひらは温かくて、冷たいクリームと合わさって適温になって私の背をなぞっていく。

 そのまま肩、首、腕、お腹、脚と順番にぬっていってく。

 その手つきは淫美で気を抜くと湿った息遣いが出てしまいそうになる。

 なんとか理性を振り絞り、耐え抜いた。さあ次はお待ちかねの綾に日焼け止めをぬりたくる番だ。

 「有難う。次は私がぬってあげるからパーカー脱いで?」

 綾はまな板の上の鯉と言った状況で、無言でパーカーを脱いだ。パーカーは無抵抗にするりと落ちて綾の未発達な身体を露わにする。思わず喉が鳴る。

 何とか平常心を保ち、そのまま綾を寝かせる。そしてワンピース型の水着越しに彼女の背中を撫でる。

 「じゃあぬっていくわね?」

 口をキツく結んで声を我慢する綾の肩にクリームを垂らす。敏感な綾はそれだけでビクッと肩を跳ねさせる。その反応に確かな手応えを感じながら私は彼女の背中を指でなぞる。

 「ンッ…」

 綾は自分声に恥じるように顔を両手の間に埋めるが、その耳はしっかりと朱に染まっている。その反応に私は快感を覚える。もっと彼女に私を感じて欲しいと思った私は彼女の素肌をさわさわと撫で上げながら耳元で囁く。

 「声、出しちゃうと周りの人に気づかれちゃうわよ?」

 その言葉に綾はイヤイヤと言わんばかりに首を振る。そんな嫌がるフリをするいじらしい彼女に応えるべく私の五指を彼女の四肢に這わせる。

 必死に声を押し殺す綾を見ていると心の内から何か大きなモノが込み上げてくる。背徳感に酔いしれながらも休まずにクリームを塗布していく。

 「はぁ…はぁ…」

 次第に綾の息遣いが荒くなっていく。

 私の指が彼女の太ももにさしかかった時、彼女が大きく反応する。そして…。

 「はい、終わったわ」

 私は綾の全身に日焼け止めをすっかりぬり終えていた。

 終わったことを知らされた彼女は怒っているような、物足りないようななんとも言えない顔で私のことを睨みつけてくる。

 その表情には唆られるが、まだまだ日が高い。これ以上発情するにはお天道様見てるし、周囲の目もあるから遠慮したい。

 それは綾自身も分かっているからこそ何も言えずに私を睨んでいるのだ。

 「千恵のえっち」

 嗚呼ダメだ。これ以上この雰囲気でいると私の理性が持たない。

 私は気持ちを切り替えて綾の手を引いて海に向かって走って、そのまま海へと飛び込む。

 海水のつめたさは私の頭を冷ますのにちょうど良かった。

 「きゃっ!つめたーい」

 綾も喜んでくれているようだ。

 そうだ。彼女には私をドキドキさせた仕返しをしっかりとしないとね。

 そう考えた私は繋ぎっぱなしにしていた綾の手を引き寄せて、水中で綾を抱き寄せる。そして彼女の可愛い耳を舐めるように近づいて囁く。

 「これ以上はまた夜に、ね?」

 「ひゃっ…い」

 照り付ける日差しよりも熱くなった彼女の身体を感じながら、私は確かな幸福をその手に抱いていた。



 一頻り綾と海で遊んで程よい疲れと空腹感を感じ始めた頃、一度自分たちの巣に戻りお金を持って海の家にお昼ご飯を買いに行くことにした。

 綾と連れ立って海の家を目指して歩いていると如何にも軟派目的の二人連れの男が寄って来た。

 「お姉さん、今一人?それとも友達と来てるの?良かったら俺たちと遊ばない?」

 「そーそー。今連れとBBQしてるんだよね。お昼まだなら一緒にどう?」

 うざったいことこの上ない。

 深々とため息を吐き、適当に遇らう。

 「残念だけど結構です」

 断れども男どもはなお食い下がる。

 「ちょっとだけでも良いからさ!お願い!ね?良いでしょ?」

 「なんならそこの海の家でなんでも好きなもの買ってあげるから!」

 あー、しつこい。

 何故この手の男たちは謎の自信に満ち溢れているのだろうか?

 うんざりしながらも綾の様子を伺うと急に現れた男たちに怯えている。

 その姿を見た次の瞬間には怒りのボルテージが急激に上がるのを感じた。うちの天使を怖がらせたツケはでかいぞ、クソ野郎ども!

 「生憎だけど!私たち今デート中なんで邪魔しないで貰える?!」

 「え?で、デート…?」

 「え、でもさっきから見てたけど君…」

 「何!?まだなんか言いたいことある?」

 「い、いえ。そういう訳では…」

 「二度と話しかけないでちょうだい。良いわね?」

 そう言い捨てて私は綾の手を引いて海の家へと向かう。

 折角のデートだったのにあんな男どものせいで台無しだ。さっきも綾が怖がる前に手早く解決させていれば…。

 後悔が尽きない。

 兎に角、不甲斐ない自分であることを綾に謝らないと!

 「綾、怖い目にあわせてしまってごめんなさい。次はもっとスマートに追い払えるように努力するわ…」

 「え?あ、ううん!千恵は全然悪くないっていうか。確かに少し怖かったけど…」

 「やっぱり怖かったんだ…。本当にごめんなさい」

 私が後悔に苛まれていると綾が私の腕に絡ませる。そんな些細な事にドギマギしてしまう。

 「違うの!軟派は怖かったけど、それを追い払った千恵はすっごい格好良かったよ!私、今すごいドキドキしてるの」


 正直惚れ直したよ。

 

 綾の鼓動を腕に感じながら、私自身の動悸も乱れていく。

 私にとって綾は天使なだけでない。私をどんどん堕落させていく小悪魔に違いない。そう思った私は彼女の腕を強く握りしめる。


 どこまでも高く澄み切った夏の空が私達を包んでいる。

 この時周りにいた筈の存在は消え、どこまでも二人きりの空間だけが残っていた。

 その閉じた世界で私達はお互いに身を寄せ合って、お互いの鼓動を聞いていた。

 綾の存在が私の全てだ。

 この時私は確かにそう思っていた。



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