第3話


 ピンポーン


 茹だる様な暑さの中で背広を着込んだ二人組の男が森田家の戸を叩く。

 一人は五十路くらいのベテランの風格を纏っていて、もう一人は三十路くらいの若手の刑事の二人組だ。

 二人は今回起こった「女子高生殺人事件」の調査のために、被害者とも交流のあった森田千恵に話を聞きにきたのだ。

 「はいはーい、どちら様ですか?」

 そう言いながら玄関を開けた森田母は上背の男達に出迎えられて少し怯む。

 若い方の男が愛想を作って森田母に話しかける。

 「あ、どうもこんにちは!森田千恵さんのお母様ですか?私たちは警察の者なんですけど」

 そう言って懐から警察手帳を取り出して、森田母に見せる。

 「は、はぁ。それはどうもご苦労様です。それで今回はどういった御用向きでこちらに?」

 「今日は先日お亡くなりになった小林幸子さんとも親交のあった森田千恵さんにお話を伺いたくて参りました。ちょっとだけお時間頂いても?」

 尋ねながらも若い男の視線からは有無を言わせぬ迫力があった。そのため森田母は思わず彼らを家の中に招き入れる。

 「え、ええ。勿論ですわ。すぐに呼んできますのでどうぞ上がって待っていてください」

 そう言って森田母は客人を客間に案内し、娘を呼びつけるべく慌ただしく廊下を走っていく。



 「ごめんなさいねぇ。今は外に出ない様に言いつけていたんですけど。ほら、あの年頃の子って反抗したがるものじゃない?今夜は幸子ちゃんのお通夜もあるからすぐに帰ってくるとは思いますけどどうします?娘が帰ってくるまで待たれます?」

 「そうですか。いえ、我々はまた出直させて頂きます」

 そう言って立ち上がろうとした若手をベテランの刑事が押し留める。

 ギラリとした視線を母親に向ける。それだけで森田母は心のうちまで見透かされてしまった様な居た堪れなさを感じる。

 「すみませんが奥さん。貴女にもいくつかお伺いしたいことがあるんですが良いですかな?」

 「は、はい」

 なんとか声を絞り出す。

 何も捕まるようなことはしていない筈なのに何か怒られているかのような気持ちになって肝が冷える。それはさながら蛇に睨まれたカエルの様な心地だった。

 ベテラン刑事は頭のてっぺんからつま先までをじっくり観察した後にゆっくりとその口を開いた。

 「奥さんから見て娘さんに最近何か変わったことはありませんかね?」

 「え、さ、最近ですか?そうですねぇ。最近は難しい年頃ということもあってまともに話すことも少なかったので…なんとも」

 「小林幸子さんが亡くなった日はご存知で?」

 「え、ええ」

 「その日の娘さんの様子を詳しく聞かせて頂きたい」

 その言葉に森田母は動揺を隠せない。

 「え?え、それってどういうことですか?うちの娘が幸子ちゃんを殺したって疑われているんですか?千恵と仲良しだった幸子ちゃんを?うちの娘が?そんな筈…」

 取り乱す森田母にベテラン刑事が身を乗り出して彼女の肩を押さえつける。そして再び座らせてから声をかける。

 「奥さん、落ち着いて下さい。貴女の娘さんが殺ったとは限りません。ですが現場と遺体から娘さんの指紋が検出されたのです」

 「そんな…」

 「良いですか?奥さん。娘さんが殺してないって信じたい気持ちはよーっく分かる。うちも倅がいるが人を殺めたなんて話が出てもまず疑う。だけどだからって娘さんを庇ったりしても碌なことにはならん。これは絶対だ。下手すると貴女自身が罪に問われる可能性すら出てくるんだから。もし娘さんから連絡があったり、帰宅したとしても変に問い詰めないで私達をプロを呼んで下さい。絶対に問い詰めないように、良いですね?」

 無慈悲な言葉に森田母は呆然としながら頷くしかなかった。

 「良いでしょう。これは私たちの連絡先です。娘さんからの接触があったら何よりも先に、何時でも構いませんのでご一報ください。出来ますか?」

 そう言って名刺を手渡された。

 もう言葉も出なかった。ただただ黙ってコクコクと頷く。

 「最後に現段階で娘さんが犯人と決まった訳ではありません。ただ娘さんはこの事件について何か重要な事を知っている可能性がある。なので我々は話を聞きたいのです。連絡をしたからと言って逮捕する訳じゃありませんのでそこはお間違いなく」

 茫然自失になりながらも無意識が問いかけに反応して反射的に頷く。

 ベテラン刑事は彼女が頷くのを見届けてから席を立つ。

 「では私どもはこれにて失礼させて頂きます」

 その背を若手刑事が慌てて追いすがる。

 森田母はその場から動くことも出来ず、ただ貰った名刺から目が離せなかった。



 森田家を出てしばらく歩いた所で若手の刑事がベテランに問いかける。

 「先輩良かったんですか?我々が森田綾を疑っていることを母親に話しても」

 「お前刑事になって何年目だ?」

 するとそんな見当違いの質問で返されて困惑する。

 「えっと…確か二年目ですけど、それがどうかしました?」

 「なら分からんか。今回の犯人は森田千恵に間違いない。現場にあれだけの物証があったんじゃ他の線はないと言ってもいいだろう」

 「ま、まぁ確かに。森田千恵が犯人なのは間違いないと思いますけど」

 「物証は揃っている。ならば我々が探るべきはなんだ?」

 「動機ですか?」

 「そうだ。その為にも森田千恵に詳しい人物の話が重要になってくる。その上であの母親を見てお前はどう思った?」

 「至って普通の反応かと」

 「それじゃダメだな。お前はもっと人を見る目を養う必要がある」

 「え、それってどういうことですか?!」

 「ちったぁ自分で考えろ!なんでも直ぐに聞こうとするな!」

 部下を叱りつけてからベテラン刑事は乾いた息を吐く。

 子供を護ろうとしない親なんてこの世には腐るほどいる。子供よりも世間体を大事にする親も腐るほどいる。こんなことはザラにある悲劇のうちの一つに過ぎない。そう自分に言い聞かせて歩みを進める。

 今更犯人に同情する気はサラサラない。だけどベテラン刑事の胸中には一抹のやるせなさが去来した。

そんな彼らの頭上ではセミの声だけが空高く木霊していた。


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