第47話 プロポーズ

半分になったこの絵を別々に持っていたため、紙の日焼け具合が少しずつ違って黄ばんでおり、6年という歳月の長さを感じる。


 主にわたしが色を入れて、ディルは横で小筆を持ちながら、あれやこれやと絵を塗る作業の邪魔をふざけてしてくる。


 ふたりで笑い合い、見つめ合う。

 夏の太陽の光が凪いでいる湖面に反射して、キラキラと眩しいが、バルコニーを吹き抜けていく風は優しく心地よい。

 まるでディルの風魔法のように。

 

 ひとつのものをふたりで仕上げていく共同作業のこの時間や、ディルの恋人として過ごした今までの時間が愛しく、このまま時間なんて止まってしまえばいいのにと晴れ渡る空を見上げて、天に願う。


 目の前のディルはフィリップ王国の王弟。

 普段なら片時もディルの側から離れない側近であるザックさんがいるはずだ。

 なのに今日はザックさんすらおらず、ふたりだけにしてくれた心遣いにそっと感謝をする。


 わたし達の絵は、便箋ぐらいの大きさで大きい絵でもなかったので、2時間程で仕上がってしまった。

 ディルとの最後の時間が終わりに近づいている。

 落ち込む気持ちを堪えて、なんとかディルに気づかれないように笑う。


「とうとう出来上がったな」

「そうね。あれだけ長い間、この絵を塗ろうとずっと思っていたのに実際にやってみるとあっという間よね」


 出来上がった絵は、芸術的に素晴らしい云々よりも、ふたりで仕上げたことに意味がある。

 ディルも感慨深げに見ている。

 


「ねぇ、ディル、この絵にサイン入れてよ」

「わかった。じゃあ、レナも一緒に」


 ディルが筆を取り、右側のディルが持っていた絵の下の方にサインを入れようとした。


「ディル、申し訳ないけど、わたしが持っていた左側の絵の下の方に…」

「それじゃ、絵の真ん中にサインがくるぞ…って…えっ?レナ?」

 ディルはわたしがサインを欲しいと言った意図に気づいたようだ。こちらを凝視している。


「…きっとこうして会えるのは最後だから…思い出に。ディルとの思い出をダズベル王国にその左側の絵を持って帰りたいの。だから、わたしの持っていた絵の方にディルのサインを…」


 ディルの顔がみるみる曇り、悲しい表情を浮かべる。それを見るのが辛くて俯く。


「それはどういう意味?俺とのことを思い出にするという事なのか?」


 あまりに図星なので、なにも答えることができない。

 沈黙がそれを認める返事となる。

 ディルの綺麗な黒い瞳がなにか言いたげに真っ直ぐにわたしを捉えているのが俯いていてもわかる。


 ディルは筆を置き、ガタッと椅子から立ち上がるとわたしの傍にきて、跪いた。


「えっ、なに?ディル?」

「レナ、いまは俺だけを見て。レナが政略結婚のことで心を痛めているのはわかっているよ。でも、政略結婚のことは考えないで純粋に俺だけの声に耳を傾けて」

 ディルが真剣な表情でわたしを見る。

 そして、スッと手を差し出す。



「ディカルト・フィリップはレナリーナ・ダズベルを心から愛している。この先も一生涯をかけて愛する。俺と結婚してほしい。レナリーナ、俺のこの手を取ってくれ」


 ディルの真っ直ぐな真剣な眼差しから目を逸らすことができず、ただただディルを見つめる。

 ディルはいま、王弟ではなくひとりの男性として、わたしにプロポーズしてくれた。


 わたしも…ずっとディルと一緒にいたい。

 いまはなにも考えずに自分に正直な気持ちで答えよう。

 


「…ディル…、わたし、レナリーナ・ダズベルもディカルト・フィリップを愛しています」


 真っ直ぐにディルを見る。

 そしてそっと、ディルの手を取る。

 

 ディルが少しだけ目を見張り、そして、そのわたしの手をぎゅっと握りしめ、ディルの口元に近づけていき、わたしの手の甲に優しくキスを落とした。


「今日も明日もずっとずっと一緒だ」

 ディルが甘い微笑みを向けてくる。


 一世一代の告白をしたわたしはやっぱり恥ずかしくて、顔を真っ赤にして頷くのが精一杯だった。



「この絵に合う額を用意しているんだがそこに入れてもいいか?」

「額を用意してくれていたの?」

「まあな、俺はこの絵を最初からもう別々に持つ気はなかったしね」

 ディルが可笑しそうにクックっと笑う。


「それって…」

「そう。俺はもうレナリーナを手放す気は最初からなかったってこと」

 

 そんな甘い言葉を吐いて、ディルが下の部屋に額を取りに行った。


「ふぅ、うれしいけど大変なことになったわ」

 バルコニーでひとりになって、遠くに見える雄大な山々を眺めながら、改めて落ち着きを取り戻すために深呼吸をする。


 「…覚悟は決めたわ。政略結婚をなんとかお断りする方向で頑張ろう。まずは両親を説得しないと」

 ディルとの未来を手に入れるためにも、ひとり気合を入れ直す。


 

 ディルが持ってきた額は周りに装飾が施してあるとても素敵な額であった。

「これって、絵より額の方がよっぽど立派じゃない?」

「王都の城の倉庫で見つけたんだ」

「倉庫って?」

「…美術品収蔵庫」

「「…………」」


 ふたりで顔を見合わせ、大笑いをした。

 額に収まった絵は、やっと居場所を見つけたかのようにぴったりと収まった。

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