第48話 お茶会
ディルの提案で、アドレおばさんが作ってくれたサンドウィッチの昼ごはんを持ってチャドワ湖沿いの公園にピクニックに行くことになった。
人が多く目立つのではと心配したが、夏の昼で暑いこともあり、想像したよりも人が少なかった。
わたし達は木陰を見つけ、そこで昼ごはんを食べることにした。
「アドレおばさんのサンドウィッチは最高ね!さすがアドレおばさんだわ」
夢中でサンドウィッチにカブりつくわたしを隣に座っているディルが蕩けるような表情で見てくる。
「ディル、わたしを見てないで早く食べようよ」
「うん。わかってる。もう少し美味しそうに食べるレナリーナを見ていたい」
ディルはこのごろ、わたしの名前を本当の名で呼ぶことがある。
それだけでキュンとなるの。
「…これから、ずっと見られるわよ。わたしもがんばって政略結婚の話を断るし…」
「政略結婚…な。断る…なよ…」
ディルが眉間に皺を寄せて、少し困った表情で消え入りそうになにかを呟く。
「いや、それが…なんというか…もう…」
ディルがなにか言おうとして、言い淀む。
「えっ、ディル?なに?…もう?」
「いや、なんでもない。そろそろ時間かな。さっさと食べて次はお茶会に行くぞ」
「へっ?お茶会?」
「そう、お茶会」
ディルがいたずらっぽい目をして、含み笑いをする。
「わたし、今日はお茶会に行けるような格好では…。手土産も用意してないわ」
「大丈夫だよ。レナはそのままで十分に可愛い。それにうちの別荘の庭でのお茶会だから手土産も不要だ」
「???」
なにがあるのか聞いても、別荘に帰ればわかるからと、ディルに上手くはぐらかされ、訳もわからず慌てて昼ごはんを食べてすぐに別荘に戻る。
「ディル… なにがあるの?」
「なんだろうね」
楽しそうにディルが笑う。
そんなやり取りをしているうちにあっという間に坂の上にある別荘に着いた。
小さな庭に人影がちらほらと見える。
「ディカルト殿下、おかえりなさいませ」
庭の入り口でザックさんが待っていたのか、満面の笑みでわたし達を出迎えてくれる。
「ザックさん!」
「レナリーナ姫、お目覚めになった時にお会いした時以来ですね。すっかりお元気になられて良かったです。今日はあの時の絵が仕上がって本当に良かったですね」
ザックさんの瞳が少し潤むのがわかる。
「はい。あの時の約束が果たせて本当に良かったです」
「レナリーナ姫は誠実なお方ですね。幼い頃の約束をしっかり守られて…」
ザックさんが、優しい眼差しで微笑む。
「ザック、いろいろ準備をありがとう。手紙の通りだ」
「手紙、ありがとうございます。わたしに出来るのはこれくらいです。皆様がお揃いでお待ちですよ」
小さな庭の芝生の上に、異国の色鮮やかな大きな敷物が敷かれ、その上に年季の入って良い色具合になったテーブルセットが置かれている。
そこで何人かの男女が談笑をしている。
「レナリーナ!!」
見慣れた女性が聞き慣れている声でわたしを呼び、手を振りながらこちらに駆けてくる。
「!!!アンお姉様!!」
慌てて、隣にいるディルを見上げると穏やかに微笑む。
「早く行っておいで」
「…ディル…」
わたしはアンお姉様に向かって一目散で駆ける。
そして、アンお姉様の手を取る。
「アンお姉様、本当にごめんなさい」
アンお姉様が瞳にいっぱい涙を溜めている。
「心配したわよ…」
アンお姉様は涙で言葉を詰まらせる。
わたしもそんなアンお姉様を見て、涙が溢れてくる。
「もう、この子達ったら、わたし達が見えてないんじゃないの?」
笑いながら歩いて来た女性が、アンお姉様とわたしの頭をそっと撫でる。
「お、お母様?」
目の前でなにが起こっているのかわからず、目をぱちくりさせる。
そして、母の手の優しさに安堵すると涙が溢れ出す。
「お母様も… ごめんなさい」
「俺もいるぞ」
ゆっくり歩いてこちらに来る恰幅良い男性。
「お父様まで!」
よく見ると、アドレおばさんに、王都のパン屋の女将のサナさんまでいる。
そして、初めてお目にかかるがディルとなんとなく似ている麗しい男性と寄り添うようにいる女性。
聞くまでもなく誰だかわかる。
「このバカ娘、親を心配させるな」
父がひと睨み鋭い視線をしたかと思うと、
「…無事で良かった」
呟いて、顔をくしゃくしゃにした。
そっとディルがわたしの側に来て、両親と挨拶を交わす。
「ダズベル王並びに王妃様、今日はお忙しい中、御足労いただきありがとうございます」
「ディカルト殿下、いろいろ迷惑をかけたね。手紙をありがとう」
「えっ?手紙?」
側にいるディルに視線を移すと、少し気まずそうにわたしを見る。
「ディカルト殿下が最初にわたしに手紙をくださったのよ」
「えっ、アンお姉様に?」
「レナリーナ姫から、今回の旅の協力者はアンジェリーナ姫だと教えてもらったので、わたしがレナリーナ姫の側にいることは伝えておこうと思ってね」
そう言えば、ラストリアに来て間もない頃、ディルに大広場で酔っ払いから助けてもらって、湖畔の遊歩道を歩いた時に確かにアンお姉様の話をディルにした。
「あの時…アンお姉様に手紙を…」
「レナがレナリーナ姫だとわかっていたしね」
「さぁ、積もる話はあとからだ。まずはお茶会を始めよう。俺はこの暑さで喉が渇いたぞ」
父が母の手を取って、テーブルに戻る。
わたし達のやり取りをみんなが優しい眼差しで見守っていてくれた。
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