第44話 覚悟を
意識がなかなか戻らない中、ディルから毎日のように魔力を注いでもらっていたので、元々は怪我もなにもしていないので、意識が戻ると回復が早かった。
それでも周囲からはすごく心配をされて、ベットの上で2日間を安静に過ごすことを余儀なくされた。
ノエルちゃんはボロボロ泣きながらもわたしが眠っていた3週間の出来事を教えてくれた。
どうやら、わたしが意識不明だったのはラストリアでは有名な話になっているらしい。
そして、ディルからの魔力の提供がキスや口移しだけでなく、手と手が触れ合うだけでできることをあとから知って、その時の驚きと恥ずかしさと言ったら…
ディル……。
あの討伐の時に、治癒魔法を使い過ぎて動かなくなったわたしの手をディルが強く握りしめ、なんとか生き返らせたい一心で己の魔力をわたしに注ぎ込む姿は、わたし達のまわりだけが尊い光で輝き、そこだけが別の世界のようだったと、アドレおばさんの知らせを受けて、王都から駆けつけてくれたザックさんが静かな涙をこぼしながら語ってくれた。
アドレおばさんによると、ディルとわたしが番(つがい)であるからこそ出来たことだったらしく、もしディルがあそこにいなかったらと考えるとわたしは本当に幸運だったようだ。
だから、伝説でも少女は勇者の元だけに転移し、わたしもディルのところにしか転移出来ないようになっている。
つまり常にお互いの側にいるようになっているということだったようで、アドレおばさんはこれは今回の新たな発見だと感慨深く話してくれた。
今後また同じことが起こるかも知れない未来のためにしっかりと文献に残さなければならず、その作業で魔女の仕事の方もアドレおばさんはとても忙しそうだ。
「レナ、もう起きていて大丈夫なのか?」
夕刻、閉店時間なのでその作業をアドレおばさんが、わたしは奥で夕食のスープを作っていると、階上からディルが騎士服のボタンを緩めながら降りてきた。
いま、王都から仕事を終えて帰ってきたようだ。
ディルは討伐の後、わたしの意識が戻るまでは側に居たいと陛下に願い出てくれたようだけど、いつ意識が戻るかわからないわたしの側にずっとついてることは叶わず、王都に今回の報告に行ったり、また現地の追調査の指揮などで王弟として、事後処理に追われることになった。
そんな忙しい日々の中、意識不明のわたしに魔力を注ぐために王都とラストリアを風魔法を操ってハンググライダーで行き来し、アドレおばさんのパン屋に泊まりこんでいたらしい。
そして、わたしが意識を取り戻したいまも、まだ心配だと言って、ハンググライダーで早朝にパン屋の屋根から王都に出勤して、夕方にここに戻り泊まる生活をしてくれている。
「おかえりなさい。ディル。もう、すっかり大丈夫よ」
階段を降りてくる時は仕事モードだったのか少し硬い表情だったのに、ディルがうれしそうに柔らかい表情になるのがわかった。
「そうか、ならよかった。レナにいい報告があるんだ。明日、休暇が取れたよ。やっと約束の絵を仕上げる時間が出来た」
あまりにも突然のことで、スープを混ぜる手が止まる。
「だ、大丈夫なの?ディルはいまはすごく忙しいんじゃ…」
「大丈夫だよ。早くしないとレナがダズベル王国に帰ってしまうからね」
そう、わたしが魔獣討伐で治癒魔法を使い過ぎ危篤になったことは、アドレおばさんからすぐにアンお姉様にも、そしてダズベル王国の王宮の父母にも、王都ベルのパン屋のサナ女将さんにも極秘で伝えられた。
なにも事情を知らなかった父母は、相当わたしの勝手に怒ったことだろう。
アンお姉様はわたしが信頼を破ったことで、わたしに落胆していることだろう。
回復したいまはすぐにでもダズベル王国に連れ戻されることが怖くて、みんなに謝罪の手紙すら書けずにいる。
心から申し訳なく思う。
でもせめて、このラストリアに来る目的であった絵を仕上げることだけはしてから連れ戻されたいと考えている。
もう二度とこのラストリアの地には来られないのはわかっている。
こんなことをやらかしたいま、わたしの意思が優先されることはないだろう。
帰国すれば政略結婚が待っているだけだ。
たとえ、わたしがディルの側に居たいとどんなに願っても、ディルは王弟だ。
こちらの国策もあるだろうし、一個人の感情で動くことなど出来ないことは痛いほどよくわかる。
いよいよ明日、絵を仕上げる。
ずっとこの日を待ち望んでいたはずなのに、それが終わるとわたしはもうディルの側にはいられない。
「……レナ?どうした?しんどいのか?」
ディルが不安そうに黙り込んだわたしの顔を覗き込んでくる。
「なにもないわ。驚いただけよ。明日ね!いよいよ明日…」
いよいよ…明日…からだの奥からグッと湧き上がる涙を堪える。
ディルとの最後の時間。
これから先は、その思い出だけで生きる覚悟を。
決心を密かに固めた。
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