第40話 討伐の朝
討伐の朝は早い。
まだ、辺りは薄暗い。
誰が夜が明ける前に集合だなんて決めたんだとボヤきたくなるけど、でも時間は無駄には出来ない。
いまは一刻を争う事態だ。ラストリアの街までアーヴァンクが襲撃してきたら、被害は相当なものになるだろう。
なんとしても残りのアーヴァンクを見つけて食い止める。
それが任務だ。
階下に降りるとアドレおばさんが焼き上げるパンの匂いが店中に充満していて幸せな気持ちになる。
本当にパンの焼ける匂いは幸せの匂いだ。
昨夜に起こした騒動の所為で睡眠不足気味の身体にはとても癒しになる。
もっとも軽率な行動をした自分が一番悪いのだけど… 反省。
昨夜、ディルの元に寝着で転移してしまったので羞恥心がやられる精神的ダメージはまだ回復はしていないが、アドレおばさんのアドバイスのもと準備した憧れの冒険者ファッションに身を包むとテンションが上がってきた。
皮のロングブーツにロングの皮手袋。そしてフード付きマント。中はレザーベストを着込む。
見た目だけはかなりそれっぽい。
似合っているのかそうでないのかは、触れないでおこう。
夜明け前なので辺りはまだ静寂に包まれていて、静かに店を出る。
「気をつけて行っておいで」
「はい。無事に帰ってきます」
アドレおばさんがいつになく心配そうだ。
「レナちゃんはわかっていると思うけど「治癒魔法」の使い方だけには気をつけるんだよ」
わたしはダズベル王国の王族だけが知っている治癒魔法のことについて、アドレおばさんの口から出たことに少し驚きながらも、やっぱり知っていたのかと納得もする。
「人前では使うなと父母からキツく言われています」
「わかっているならいいんだ。治癒魔法はレナちゃんの身体に負担が掛かりすぎる」
自分の命を削って発動されると言われている治癒魔法。
以前、ディルに治癒魔法を施した時、気を失ったぐらいだ。
「アドレおばさん、ありがとうございます。気をつけます」
アドレおばさんに心配をさせたくないので、思いっきりの笑顔を見せるが、アドレおばさんは心配そうにわたしを見つめる。
「レナちゃ〜ん!!!」
向かいの花屋さんのノエルちゃんが寝着のまま、わたしの名前を呼びながら走ってきた。
「「ノエルちゃん!!」」
アドレおばさんもわたしもまさかこんな夜明け前の時間にノエルちゃんが起きてくると思わず、びっくりする。
「お見送りをしたくて、頑張って起きたわよ」
普段はとてもオシャレさんのノエルちゃんが髪の毛もボサボサに寝起きの無防備な姿を見せるなんて、なんて可愛いんだろう。
思わず抱きしめたくなる。
「ノエルちゃん、ありがとうね。わたし、がんばってくるわ」
2人の気持ちがとても嬉しい。
温かく送り出され、改めて気を引き締めた。
騎士団の支部に着くと、すでに騎士の方達は準備を終えているようだった。
「レナ嬢!」
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
アーノルド支部長が豊かな髭を撫でながら、騎士の方2、3人と談笑をしているところに挨拶に伺おうとして、先に声をかけてくださった。
「レナ嬢、こちらこそ今日はよろしくお願いします。貴女に危険が及ばないようするので、気楽についてきてくださいね」
「ありがとうございます。お役に立てるよう精一杯頑張ります」
挨拶をひととおり終えて、昨夜借りたディルの騎士団の制服の上着を返したくて辺りを見回すと、ディルは少し離れたところでザックさんとあと何人かと一緒にいた。
「ディル!」
ディルが待っていましたと言わんばかりの笑顔で迎えてくれる。
「おはよう。レナ。昨夜はあれから大丈夫だった?」
思わず、昨夜のあれやこれを思い出して赤面してしまった。
「昨夜は大変ご迷惑をお掛けしました。この上着もありがとう」
慌てて上着をディルに突き出す。
ディルが上着を受け取りながら、その綺麗な黒い瞳で優しい眼差しを向けてくる。
「レナが風邪をひかなくて良かったよ。その冒険者ファッションもすごく似合っているね」
甘い… 甘過ぎる。
端正な顔立ちでそんな甘い表情をされると…
そんなディルをうっとり見ている自分がいる。
ハッとして、周りを見るとザックさんも一緒にいた騎士様もなぜか、生温かい目でわたしとディルのやり取りを見守っている。
「…申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。あの、わたしはレナと言います。本日、討伐にご一緒させて頂きます。よろしくお願いします」
ザックさんや騎士様に綺麗にカーテシーをする。
ザックさんがニヤニヤしながらディルを見ている。
「レナ嬢、よろしくね。俺たち王都組が守るから安心して討伐に参加してね」
他の騎士様も良い笑顔で一同頷いている。
さすが王都の騎士様達。ノエルちゃんの噂話どおりすごい美形揃いだ。
ディルやザックさんとまではいかないが、それでもかなり麗しい容姿で女の子達が訓練の見学で群れていたのも頷ける。
この騎士様達と王弟殿下の仲は恋愛小説にも描かれるほどの美しい愛、ボーイズラブがあるはずで…
王弟殿下に一途に愛を捧げておられる面々なんだろう。
今日はその王弟殿下も参加されるのだろうか… もしかすれば、お顔を見られるかも知れないと期待してしまう。
しかも下手すれば、その王弟殿下は自分の政略結婚のお相手かも知れない。
女性を愛せない王弟殿下…
でも、政略結婚だから本当にそうであってもなにも問題はない。
手続き上の結婚している事実だけが必要なだけだ。
ちょっと複雑な気持ちになるが考えないようにする。
「ありがとうございます。でも、騎士様は王弟殿下をお守りしないといけないのでは…」
皆が一様にビクッとする。
そのビクッと加減が尋常じゃない。
「…???王弟殿下と皆様は恋愛小説のモデルにもなられるぐらい殿下との愛に一途で、お側を離れることはあまりないのでは?」
ダズベル王国の近衛騎士基準で推測すると、王弟殿下の側仕えなら、別行動は考えにくい。
「…レナ… こっちに来て日が浅いのによく知っているね。それ誰に聞いたの?」
ディルが少し困った表情をして聞いてくる。
「アドレさんのパン屋のお向かいの花屋のノエルちゃんに教えてもらったの。今度、皆さんがモデルになっている恋愛小説も貸してもらう予定よ」
なぜか、皆が頭を抱えたり、手を額に当てたり微妙な表情をしている。
そして、明らかに一番ディルが困っている。
「…レナ、まさか俺も恋愛小説と同じようだと思っていた?…そのボーイズラブとか…」
「そうね。わたしに向けてくれる気持ちは本物だと信じているけど、同じぐらい王弟殿下へ愛を捧げているんでしょ?」
「………」
ディルもザックさんも他の騎士様も互いに顔を見合わせて、崩れるように落ち込む。
「……今日は王弟殿下は参加されない」
絞り出すような声でディルが教えてくれる。
「…そうなの。残念ね」
お顔をだけでも見たかったが仕方ない。
ディルとザックさんと騎士様がなんとも言えない表情をしているなんて、少しも気づいていなかった。
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