第39話 飛ぶ
ラストリアの歓楽街の明かりが一本の線のようになり、そこだけ明るい。
あとはポツポツと家々の明かりがチャドワ湖湖岸沿いまで灯り、チャドワ湖は真っ暗なのが上空からもわかる。
「レナ、怖くない?」
ディルがそっと耳元で囁く。
「うん。大丈夫。ディルの風魔法はすごいね」
ディルがわたしを包むようにしてくれているので、不思議と恐怖や寒さを感じない。
むしろ、頬に当たる風が気持ちいい。
飛ぶというのを初めて理解した。
「アドレさんとこはすぐそこだけど、少しだけ俺に付き合って」
そう言うと、ぐんとスピードが上がった。
遠くに見えていた万年雪を纏っている山々がもう近くだ。
月明かりに照らされた万年雪が銀色に輝き、信じられない美しさだ。
「…綺麗…」
「レナに見せたくなったんだ。昼間もいいけど、夜もいいんだ」
しばらく風の音だけがする静寂のなか、荘厳な山々をふたり見つめる。
満天の星空と月明かりに照らされる万年雪。こんな非現実があって良いのだろうか。
そのあとは旋回し、あっという間にアドレおばさんのパン屋に着いた。
風魔法での着地は驚くほど静かだった。
そして、アドレおばさんが店前で待っていた。
「アドレおばさん!心配かけてごめんなさい」
アドレおばさんは人の魔法の気配がわかるから、わたしの転移魔法も、ディルの風魔法の気配にも気づいたんだろう。
本当に軽い気持ちで転移魔法を使ったためにアドレおばさんにまで迷惑をかけてしまった。
「レナちゃんが無事でなにより。ディルの元に行くことはわかっているから心配してないけどね」
笑顔で迎えてくれてホッとする。
アドレおばさんがチラッとディルを見る。
「ディルはえらかったね。今夜はレナちゃんを帰さないかと思っていたけど真面目だね」
アドレおばさんが可笑しそうにクスクス笑う。
「俺だって帰したくないですけど、いまのままじゃダメでしょ」
「わかっているんだ」
「ええ。討伐が終わったらすべてちゃんとしますよ」
アドレおばさんとディルの話はよくわからないがふたりはわかっているようだ。
「ザックには怒ったらダメだよ」
「???なんですか?それは?意味もなく怒りませんよ」
ディルはその意味がわからないらしく、変な顔をしている。
「そのうちわかるよ。あの子はあの子で大変なんだよ」
ディルは納得できない顔をしている。
「わかりました。アドレさんがそこまで言うならザックに怒りませんよ」
「ああ、頼むね」
アドレさんはニヤニヤしながらずっと笑っている。
なにが可笑しいんだろう。
とにかく、アドレおばさんはずっと笑っていた。
ディルがまた風魔法はでふわぁと上空に舞い上がる。
わたしに手を振ると見えなくなるのにそう時間はかからなかった。
「レナちゃん、冷えただろう。早くお入り」
「あ、寒くは…」
ディルの騎士団の制服の上着を着たままで、お返しするのをすっかり失念していた。
明朝からの討伐のときにそっと返そう。
「ディルの風魔法はどうだった?あの子の優しさが滲み出る優しい魔法だっただろう」
確かに万年雪が積もる山々の上空でもちっとも寒くなかった。
とても心地よかった。
「ディルに包み込まれているような居心地のいい魔法で溢れていました」
「そうかい。そうかい。やっぱり番のレナちゃんにはわかるんだね」
…ん。番(つがい)?
「あ、あの…」
聞こうと思ってやめる。
聞かなくたって、なんとなくわかる気がする。
わたしもそうであって欲しいと願いたい。
「ディルの風魔法は制御するのに大変だったんだ。いろいろあって精神状態がよくないこともあってね。その練習のためにもあれで上手く飛べるように練習したんだよ」
ハッと気づく。
わたしがベルのパン屋の女将のサナさんの元でずっと見守られていたように、ディルもアドレおばさんに大事に見守られていたんだね。
「そうだったんですね。わたしもロン叔父さまにこっそりいろいろな魔法を教えてもらいましたよ。習得できたのは、しいたけに役立つ魔法と防御魔法ぐらいですけど」
ふたりで顔を見合わせてゲラゲラ笑った。
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