第38話 少し甘い夜
ベットの縁に座らされ、お妃教育なるもので学んだ男女の夜の営みの内容がふと思い出され、頬が真っ赤になる。
別にディルとそういう関係になるのは嫌ではない。
ディルのことが好きだ。
ディルのいろいろな面を見つけるたびにどんどん惹かれていっている。
むしろ… この流れでそうなってもいいと思っている自分がいる。
いやいや、でも政略結婚が目前まで迫っている身としては、自分の感情だけで動いてはならないことも痛いほどよくわかっている。
「…ディル…」
わたしを下ろして、同じようにベットの縁に座ったディルを見る。
ディルがそっとわたしの髪を撫でながら、着けていたネックレスに触れる。
「これ、ずっと着けていてくれたんだ」
それは先日、何のお詫びかはわからないが、ディルにお詫びだと言われてプレゼントされたインフィニティデザインのタンザナイトの石がびっちりついているネックレス。
おばあさまにもらった失くした髪飾りとなんとなく似ていて、実は結構気に入っている。
ディルがネックレスを愛おしそうに触っている。
「これ、失くした髪飾りにも似ていて、気に入っているの」
「そうか。それは良かった」
ディルは少し微笑むとネックレスをわたしの胸元に戻した。
「さぁて、アドレさんのパン屋までレナを送るよ」
「えっ?」
ディルがわたしの驚く反応を見てうれしそうだ。
「レナはもしかして、なにかを期待してくれていた?」
ディルの真っ黒な瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。
少し図星で思わず俯く。
からだ中から熱が出ている。
とにかく恥ずかしい。
「今夜は俺と過ごしてくれるつもりだった?俺は今夜はレナを抱きしめて寝たいけど、今日は我慢するよ。初めてレナを抱くときは時間を気にしたりとか、騎士団の寮の薄い壁を気にしながらではなく、時間をかけてゆっくりとレナを愛したいしね」
ディルに直球で言われ、ディルの顔を見ることができない。
「ねぇ、レナ。もし3週間後にレナが俺を選んでくれたら、もう絶対離さないからね」
わたしは恥ずかしさでうんうんと頷くのが精一杯だ。
ディルの顔を見ることが出来ない。
ぎゅっと抱きしめられる。
恥ずかしさで身動きも出来ず、ディルにされるがままだ。
ひとしきり抱きしめられて、ディルがなにかに満足したのか、わたしの頭をポンポンとして軽く微笑む。
「ちょっと準備してくるから、ここで大人しく待っていてね」
ディルが何事もなかったようにスクッと立って、部屋を出ていった。
ひとり、ディルの部屋に残される。
「やってしまったわ〜 恥ずかし過ぎるんだけど〜」
両手で熱くなり過ぎた頬を冷やすように挟んで身悶える。
いまさら、転移魔法を使ったことを後悔しても仕方がないが、穴があれば入って引きこもりたい。
ディルのところにしか転移しないって、ちゃんと聞いてたのに。
軽く考えていた。
本当にディルがまだ寝てなくて良かった。
寝ていたら、完全にわたしは不審者だった。
しばらくして、ディルが部屋に戻ってきた。
「レナ、お待たせ。用意が出来たから行くよ」
案内されたのは月明かりが差し込む人気のない大きなホールを突っ切った奥にある、広いバルコニーだった。
バルコニーいっぱいいっぱいに三角のよくわからない機材が置いてあるが、月明かりだけが頼りなのでよく見えない。
「ディル、これは?」
「以前、アドレさんが俺の魔法ならこれを使いこなせるからって、遠い外国で使われている空を飛ぶ道具をくれたんだ。ハンググライダーというらしい。レナのいまの姿は誰にも見せたくないから誰にも見られずに移動しようと思って。とりあえず、これを着て」
ディルに手渡されたのは、騎士団の制服の上着。
「俺ので悪いけど、これから上空を飛ぶから肌寒くなると思う」
「上空?」
てっきり馬で移動すると思っていたが、確かに馬を用意するとなると誰かに気づかれる可能性がある。
「支部長の執務室に置きっぱなしで良かったよ」
ディルがなにやら独り言を言っているが、機材をガチャガチャとからだに取り付けてもらっているのでよく聞き取れない。
用意が出来たところでディルに抱え込まれるような態勢となった。
「じゃあ、飛ぶよ」
ディルがそっと耳元で囁く。
飛ぶというがどのように飛ぶのか理解が出来ず、夜でよく見えないのと相まってかなり心拍数が上がる。
「うん。よろしくね」
ディルが耳元でなにかを呟く。
風魔法の術式を展開しているようだ。
そして、ふわぁと優しく機材全体が持ち上がり、真っ直ぐに上に昇っていく。
「人に見られると騒ぎになるから、だいぶ上空まで上がるぞ」
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