第37話 ディルの部屋へ
ベットに座って、お風呂上がりのびしょ濡れの髪をタオルで拭いていた手を止めた。
立ち上がりベットの前に出る。
深呼吸
気持ちを整える。
ゆっくりゆっくり、前回もそうだったように慎重に転移魔法の呪文を詠唱する。
白い靄が濃くなっていき、カントリー調の可愛い部屋がだんだん見えなくなる。
一瞬、クラっとしたがどこかに着いたようだ。そして白い靄が薄れてきた。
最初に見えてきたものは質素な木の壁だった。
「誰だっ!!」
人の気配を感じたその時、少し緊張した聞いたことのない男性の声がし、凄い殺気を感じる。
チャッと剣を抜く音がした。
薄れゆく白い靄から、剣先がこちらに向けられているのがわかった。
「…あ、あの…怪しい者ではありません。転移魔法で間違えて…」
前回のディルと再会した時も同じことを言った気がするな…
白い靄が晴れ、人の姿が見えた。
「…レナ?」
いつもの騎士服とは違い、シャツにズボンだけのとてもラフな格好のディルが剣を向けて立っていた。
「あっ…ディル」
驚いた表情を崩し、クスッと笑ったディルがベットの上に置いてあった剣の鞘を取り、剣を納めるとナイトテーブルに大事そうに置いた。
その間に部屋を見回すと、騎士団の寮の一室なのだろうか、ベットと小さい机があり、その上に明かりのためのランプがひとつ置かれているだけの少し薄暗い部屋だった。
「びっくりするじゃないか。レナでよかったけど」
ディルがいつもの優しい雰囲気に戻ったのがわかり少しホッとした。
さっきの殺気といい、緊張した声といいまるで別人のようだった。
「…ごめん…なさい。突然、転移魔法で来てしまいました。あの、その…ちょっとした好奇心なの。昼間のアドレおばさんの話の中でわたしの転移魔法はディルのところにしか行かないって言ってたから、本当かどうか試してみたくて」
ディルがわたしが一生懸命に言い訳をしているのを精悍な顔で微笑みながら聞いている。
それを見ると、ますますドキドキして耳まで熱くなるのがわかった。
「うん。わかっているよ。レナが俺のことを考えてくれた時間があって、いま夜這いに来てくれたんだよね」
ディルがニコニコしながらそばにあるベットを指さす。
「ち、違うの!そんなつもり…じゃ」
もう一度、チラッとベットに目をやる。
ああ… 本当にこれじゃ夜這いだわ!
動揺を隠せずにいるとディルに腕を掴まれ、ぎゅっと抱きしめられた。
ディルも風呂上がりなのか、とてもいい匂いがする。
「レナもお風呂上がりなの?髪が濡れている」
ディルがわたしの髪の先に優しく触れる。
「あっ、ごめんなさい。このままじゃ、ディルが濡れちゃうわ」
離れようと腕を振り解こうともがくけど、ディルに強く抱きしめられて身動きが取れない。
「ディル、離して」
「ダメ。離さない。いま、髪の毛を乾かしてあげる。このままでいて」
わたしの頭上でディルが手をかざし、なにかの呪文を唱えた。
優しい暖かい風がふわふわと吹き、髪の毛が風に揺れたと思ったら髪の毛が乾いていた。
一瞬の出来事だった。
「すごい!これも風魔法なの?」
ディルがわたしの頭上にキスを落としている。
「気に入ってくれた?これも風魔法だよ」
見上げるとディルと目が合い、そのまま目を閉じる。
ディルの唇と重なり、キスをする。
ディルの手がわたしの頬を愛おしそうに触り、深いキスに変わる。
そして、お互いを求め合うように何度も何度も深くキスをする。
「ああ!もう我慢できない。理性が飛びそう」
しばらく深いキスが続いたあと、ディルが唇を離してギュと強くわたしを抱きしめる。
「レナ、ここは危険だ。ここがどこかわかっているのか?」
ディルが当たり前の質問をしてくる。
「えっ?ディルの部屋よね?」
「…だから、危険なんだよ」
危険なんてなさそうな、ただの質素な部屋。
「…あっ…」
ディルの質問の意を汲む。
「レナ、絶対に転移魔法なんて簡単に使ってはいけない。いまは俺のところにだけ転移できるからいいけど、そうでなくなればレナが危険に晒されてしまう。こうやって、レナがあられもない姿で他の男のところに転移したと考えたら嫉妬で狂いそうだ」
わたしのあられもない姿…
ハッと自分の着ているものを見る。
わたし、今夜はもう寝ようと思っていたので、いつも使っている使い古した薄い寝着だ。
羞恥心で全身から炎が出たかと思うぐらい熱くなる。
自分の寝着の酷さに動けずにいると、からだが宙に浮いた。
2歩、3歩とディルに横抱きにされベットで降ろされた。
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