第36話 伝説2
アドレおばさんはふたりが同時に声を上げたのがおかしかったのか、難しい顔をしていたのが少し緩んだ。
「伝説と一緒なんだよ。レナちゃんはいま、何度転移魔法を繰り返してもディルの元にしか、転移できないはずだよ。わたしたちが代々受け継ぐ伝説でも、聖女が目覚めて転移魔法を使う時は必ず勇者の元に行くようになっていること、そして、勇者は強力な風魔法を使える者だと聞いている」
ディルを見ると硬い表情でアドレおばさんの話を真剣に聞いている。
わたしが今回、またディルの元に転移したのはある意味、運命だったんだ。
アドレおばさんたちが代々受け継ぐ伝説とわたしの転移魔法の異常性、そしてディルは伝説の若者の末裔で風魔法の使い手。
すべてが揃ったんだ。
「魔獣が突然現れたことと俺たちは関係しているんだな」
ずっと黙って聞いていたディルが重い口を開いた。
「伝説ではそれについても受け継がれている。聖女が目覚め、転移魔法で勇者の元に行ってしまうのは魔物が現れる前触れだと。そして、いま伝説通りになった。わたしとサナはそれをずっと心配して、レナちゃんの転移魔法の異常性に気づいてからはずっと君たちを見守ってきた」
そうだったんだ。
わたしはなにも知らなかった。
アドレおばさんの話からすると、わたしが聖女に当たるらしい。
自分で目覚めたことも全くわかっていなくて意識もしていなかったけど、いままでこの重大なことを意識せずに伸び伸びと生きられるようにと周りが配慮してくれていた結果、今があるんだ。
「アドレおばさん、このことはわたしの父も知っていますか?」
アドレおばさんが黙って頷く。
「レナちゃんのお父様だけが知っている。ディルの身内には伝えていない。ディルはわかると思うが6年前の時点でディルの家はとてもこの話を出来る状況ではなかったし、あの時は逆に悪い方に利用されかねなかったからね。いまもこの話はディルの身内には負担が大き過ぎると3人で判断して黙っている。ディルの身内で頼りになるのは兄だけだし、いまはこの件よりもやることがあるから、こちらでこのことは引き受けようと覚悟していたんだよ」
ディルは少し寂しそうな顔をしながら頷いて、アドレおばさんを見た。
「ありがとうございます。ご配慮に感謝します」
ディルの家はなにかと複雑で大変なようだ。6年前にディルと出会った時も何者かに襲われていたが、あれも関係もしているんだろう。ここで詳しく聞いてみたいが、聞いてはいけない気がする。
ディルがなにかを察してわたしをチラッと見た。
「レナには本当は明日、絵を描いている時に話そうと思っていたが、6年前のあの時に俺の命を狙っていたのは義母だったんだ」
「……えっ」
「驚くよな。レナに出会った時、俺は殺されそうだっただろう。あの時は王都から逃げてきたところで先回りをされていてあの事態だ。情けない。レナを危険な目に遭わせてしまって申し訳なかった」
なにも言えなくて、首を何度も横に振る。
身内に殺されそうになっていただなんて。
「…ディルが…ディルがいま、わたしの横にいてくれる奇跡に感謝します。生きていてくれて、それだけで良かったです」
ディルは照れたのか俯いて頷いている。
わたしの手と重なるようにあったディルの手がぎゅっとわたしの手を握った。
アドレおばさんが嬉しそうに微笑んでいる。
「ディルもとても魔力が強い。恐らく、このフラップ王国でもトップだよ。風魔法はわたしが出来る限りのことを教えている。だからレナちゃんは安心して討伐に参加しておいで。なにかあってもふたりなら大丈夫だ。そのお互いを想う気持ちがあれば、きっと上手くいくよ」
「ふぅー」
今日は大変な1日だった。
ノエルちゃんとディルのいる騎士団の練習場に見に行ったら魔獣が出現し、防御魔法と雷のような魔法でディルと一緒に倒した。
そして明日から魔獣討伐に参加することになりアドレおばさんに報告したら、誰もが知っている物語に隠された伝説や、アドレおばさんが魔女だったこと、ディルの家族について知ることとなった。
あれから、ディルは騎士団に戻り、わたしとアドレおばさんは急ぎ魔獣討伐に必要な装備の準備と買い出しに出て、あっという間に夜になった。
今日は明日に備えて早めに寝ようと、さっさと風呂を終えていまに至る。
そういえば、わたしの転移魔法はいまは何度やってもディルの元に転移するとアドレおばさんは話していた。
ちょっとした好奇心だった。
試してみよう。
ふと、思った。
これが大変恥ずかしいことになるとは…。
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