第28話 誤解のままでいい

目の前の可愛いくて愛しくて止まない俺の王子様ディカルト殿下が頬を赤くしながら、照れ隠しでワインのグラスをゆらゆら揺らし、それを見つめながら惚けている。


 可愛い… ディカルト殿下。

 いや、断じてそっちの気はない。

 幼い弟を見守る兄のような感情だ。


 普段は騎士団でも早い決断力と行動力でグイグイとマッチョ達を引っ張っていき、その精悍な顔と相まって惚れる女が多数だが、女性不信もあり女性には少しもニッコリしなかったのに、なんだこの頬を赤く染めていまもレナ嬢のことを考えているのか、幸せそうにそんな優しい瞳や表情が出来るんだと驚いてしまう。


 でも、待ってくれ。

 自分の気持ちを抑えきれずにレナ嬢に婚約を申し込んで、政略結婚の予定を理由に断られた……


 …………………。

 おい。おい。おい。

 まずい。

 非常にまずいぞ。

 その政略結婚って…


 どう考えてもフラップ王国からダズベル王国に提案した婚約話だよな。

 レナ嬢はもうその話を知っていて、政略結婚をしないといけないから、うちの可愛いディカルト殿下と婚約はできないと…


 なんでそうなるんだ!


 レナ嬢、違うんだ。


 誤解だ!


 政略結婚の相手はディカルト殿下なんだよ。

 なぜその重要な部分を知らないんだ!

 何度も言う。レナ嬢の政略結婚の相手はディカルト殿下なんだ!

 アドレさんも知っているのに!


 もしやこれは作戦失敗か。

 俺と陛下はあんなにもディカルト殿下が恋をすることを望んだのに、この作戦は裏目に出て気づけばふたりの恋路を阻んだのか。

 レナ嬢は3週間だけ恋人として幸せな時間を過ごしたら、政略結婚のために帰国するつもりなのか。

 ディカルト殿下が初恋を拗らせ、どんなにレナ嬢を探したことか…


 早くふたりの誤解を解かねば…

 早く誤解を…


 んん?んーーー

 いけない思考が…


 このままでも良いか…

 いいよな。


 障害があればあるほど恋は燃え上がる。

 燃えに燃えて… 激しく燃えて。

 燃え上がった絶頂でネタばらし。

 ふたりは泣きながら抱き合い、ハッピーエンド。

 うん。悪くない。


 俺はそんなふたりを見て萌えに萌えて!


 アドレさんがレナ嬢になにも言ってないことを考えると、俺と同じことを考えたのか?

 仕方ない。今度、確認するか。



「ザック、調子悪いのか?酔ったか?さっきから黙ったままで。」

 心配そうにディカルト殿下が俺の顔を覗き込む。


 そういう優しいところ、幼い頃から少しも変わらない。


「大丈夫ですよ。少し驚いただけです。仮恋人の3週間後にはレナ嬢がディカルト殿下の手を取ってくれることを祈っています。」

「もちろん、全力で頑張るよ。」


 破顔したディカルト殿下が凛々しい。俺が女なら惚れるな。

 今晩はもう少しワインを飲みたい気分だ。

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