第27話 ザックとワイン
「やっぱりここにいた。」
扉がゆっくり開いたかと思うと、そう言いながらザックが不貞腐れて入ってきた。
この別荘の存在は、兄と俺とザックしか知らない。
6年前にレナと一緒に絵を描いたチャドワ湖畔沿いの坂の上に立つ生母の別荘にいまはいる。
2日後にレナが来るので、長いこと締め切っている別荘に風を通しに来た。
ここでは6年前、継母の手から逃れるため一時期を過ごした。
今晩はここでゆっくりしようと市場でワインと少しの食べ物を買ってきたので、ひとり時間を楽しんでいた。
「あれ?ザック。早い帰りだな。いつもラストリアで会う女と会ってたんじゃないのか?」
今晩は帰らないぞ!と意気揚々と騎士団を出て行った筈なのに…
「今晩は噂の所為で振られた。」
何故か、ザックがすごい恨めしそうな目で見てくる。
「噂?」
「ディカルト殿下の所為ですよ。そのうち貴方もこんな目に遭えばいい。」
ザックが拗ねている。
俺の所為で振られた?
ああーもしや、あれか。あれ。
俺とザックが愛し合っているとか… 城の侍女に教えてもらったが、なにやら俺とザックが出てくる小説本があるらしく、「殿下は受けですよね。」と意味のわからない発言をして侍女は目をキラキラさせていたっけ。
巷で流行っている恋愛小説で、女に唆され婚約破棄をする痛い王子として出てくるよりはまだいいと思うのだが…(あれは同じ王子の立場としていろいろ考えさせられる。)
とにかく、ラストリアにまで届く噂って…
人の口に戸は立てらねぬとは、このことかと…
ザック、身を以って知ったな。
機嫌が悪いザックはドカっとひとり掛けのソファに座る。
こういう時は酒で機嫌を取るのが1番だ。
棚からザックの分のグラスを取り、ワインを並々と注ぐ。
「とりあえず、飲めよ。」
ザックにワインを勧める。グイッとザックは一気飲みだ。
「どうせ、ディカルト殿下はレナ嬢とたのしんでいたんでしょ。次はここで会うことでも決めましたか?」
「さすが、ザックだね。そうだよ。2日後にレナとここで絵を仕上げる。」
2日後はちょうど騎士団の仕事も休息日だ。休息日が終われば、いよいよ魔獣アーヴァンクの確認と本当に魔獣だった場合は討伐になり、しばらく森に籠るかも知れない。
あまり時間のないレナにますます会えなくなるタイムロスはレナとの仲を深めるのにかなりの痛手だ。
願わくば、魔獣アーヴァンクではなく、可愛いビーバーであって欲しい。
「俺もその日はここに居ます。ディカルト殿下がレナ嬢に手を出さないように見張りますよ。」
それは困る。
というか、さっき手を出した。
「ザック、もう手遅れだ。」
ザックの細い目が精一杯に見開く。
さっき、レナと湖畔沿いの遊歩道でキスをしたことを思い出し身悶える。いや、冷静になって考えたらすごくないか?
婚約は断られたけど恋人になれた。かなり強引だったがこれから3週間は恋人だ。
「ええっ?もしやここで…」
ザックが手を口に当てて女みたいになっている。
「なにを想像した…レナの名誉のために言うが断じてそれはない。俺からキスをしただけだ。レナがラストリアにいる3週間程、レナは俺の恋人だ。」
「……3、3週間だけ?」
さすがはザック。そういうとこは目ざとい。
「そっ、3週間。」
「意味がわからない。」
ザックは再び、ワインをグビっ飲む。
「レナはダズベル王国に帰ったら、どこの誰かはわからないらしいんだが政略結婚をさせられるというか、しなければならないとのことだ。」
レナがダズベル王国第三皇女であると知らなかったら、そんなもん辞めてしまえ。と言い切れた。
でも俺は同じ王族としてレナの言っている意味はよくわかる。
俺やレナは嫡子や嫡女ではないから、国の平和や安定の駒として役割を果たさなければならないのは理解できる。
だから、あの時はレナが納得しているのか確認したくて、いいのか?としか言えなかった。レナは諦めたように仕方ないと言った。
「……政略結婚…。」
ザックがポツリ言う。
「ああ… 婚約をしてほしいと言ったが、政略結婚があるからときっぱり断られたよ。断られたけど諦めきれなくて、この3週間で俺に恋をしてほしいと… レナに愛を教えると言ったんだ。レナがダズベル王国に帰る時に俺の手を取ってくれたらいいんだけどね。」
本当はもうレナの手を離す気は微塵にもないけど。
「ディ…ディカルト殿下が婚約してほしいと言ったんですか?ディカルト殿下が…。そして、断られた……。」
珍しくザックが狼狽えている。
さっきからグビグビとワインを飲んでいたから、もう酔いが回ったのか?
にしても顔色が悪くなったように見える。
「ザック、大丈夫か?顔色が悪いぞ。」
「いえ、大丈夫です。」
ザックのさっきまでの機嫌が悪かった勢いが全くない?
やっぱり酔ったか?
「ザックは俺の女性不信を知っているから信じられないよな。俺はレナをもう離したくなくて気持ちを抑えられなくて、婚約してほしいと言ってしまったんだ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます