第26話 信頼
それから、ゆっくり湖畔沿いの遊歩道を歩き、気づけば夕暮れ近くになった。
ディルと他愛もない会話をして笑い合う。
時間が経つのも忘れてしまうぐらい、ディルの隣は心地良い。
「今日はそろそろ帰らないとアドレさんが心配する時間になったな。」
「そうね。今日はチャドワ湖でゆっくり出来たし、楽しかったわ。」
遠くの夕焼け雲が燃えるように赤い。いつもなら綺麗だわと思える夕焼けも今日は恨めしく思う。
「次は大聖堂も一緒に行こう。晴れた昼間に行くとラストリアブルーと呼ばれるステンドグラスが本当に綺麗なんだ。そして、その近くのカフェでごはんを食べよう。」
ディルが嬉しい提案をしてくれる。
「ディルはラストリアに住んでいないのに詳しいのね!」
「騎士団の支部が目と鼻の先だからね!」
なるほど!だから、さっき大聖堂のある大広場で絵を描いていたら、ディルがわたしを見つけてくれたんだと納得をする。
「ところでレナ、絵を仕上げる日はいつがいい?」
わたしも気になっていた。今回のひとり旅の1番の目的。
「わたしはいつでもいいわよ。アドレおばさんがその日は1日外出をしていいって言ってくれているの。」
この間、この話をして泊まりでもいいわよ。とサラッと言われたことを思い出したが、それはディルには内緒にしておこう。
きっと一晩中、離してもらえない気がする。
そう思うと耳が熱くなるのを感じた。
「そうか。でも、あんまり早く仕上げるとレナがそれに満足をしてすぐに帰ってしまうんじゃないかと俺としては不安でしかないんだけど。」
「そんなことはないわ。アンお姉様がいい加減に帰ってきなさいと言うまで、出来る限りラストリアにいるつもりよ。」
ディルが少し変な顔をする。
「アンお姉様?」
ああっ!しまった!!
ディルにはひとり旅で来ていることは話していたが、両親には内緒で来ていること、アンお姉様と王都ベルのパン屋の女将さんやアドレおばさんに協力してもらって、ラストリアに来ていることは話していなかった。
ちょっぴりやってしまったかな。
まずい!と思ったことが顔に素直に出たようだ。
ディルはわたしがまずいと思った表情に気づいたんだろう。
チラッとディルを見ると全てを話しなさい。と言う顔をしている。
あー もう…
「うちは4人兄妹なの。兄が1人と姉が2人なんだけど、アンお姉様は1番上のお姉様で今回のわたしのひとり旅の協力者なの。正直に言うわ。婚約が決まったら自由にひとり旅を許してもらえる家ではないから、みんなを騙して出てきたの。いま、みんなはわたしはアンお姉様のとこに行っていると思っているわ。」
ディルには出来る限り嘘は言いたくない。
嘘や駆け引きは社交界だけで十分だ。
「それはレナがさっき話しをしてくれた政略結婚と関係がある話しなんだな。婚約が決まったら、ラストリアに来て俺を探せないから家を飛び出してきたんだなぁ。」
「…うん。スカーレット、スカーレットは親友なんだけど、スカーレットがうっかり政略結婚の話を聞いていなかったら、わたしはいまここにいないわ。スカーレットのおかげで正式に婚約話がわたしに来る直前に家を飛び出して、ラストリアに来ることができたんですもの!」
ディルは額に手を当てて、難しい顔をしている。
「ディルが責任を感じる話ではないの。全て、わたしが考えて周りを巻き込んだの。アドレおばさんも、お世話になっている王都ベルのパン屋の女将さんもスカーレットも。そして、アンお姉様も。」
家族には秘密で来ていることをディルはどう思ったんだろう。
優しくどこか真面目なディルのことだ。家族が心配するから、もう帰れと言うかも知れない。
心残りだった絵を仕上げたいと思って勢いでラストリアまで来てしまったが…
「レナ、ありがとう。」
「えっ?」
ディルにお礼を言われるのは予想外だ。
ディルがそれはそれは整った精悍な顔を破顔させて、わたしの手を握った。
「レナの勇気に感謝するよ。レナのその決断と実行力がなければ、俺たちは永遠に会えないままだった!」
わたしの勇気…
「ディルは帰れとかは言わないの?」
「そんなことは言わない。アンお姉様に協力してもらっているんだろう。じゃあ、お姉様が上手くやってくださっているよ。あとはお姉様や他の協力者を困らすことのないようにするだけでいいんじゃないか?」
そうか。わたしがラストリアに来れたのも、みんながわたしを信用してくれているから協力してくれたんだ。
つくづく有り難いと思う。
「そうね。みんなからの信頼を裏切らないようにしたらいいのよね。」
「分かれば話しが早い。まずはアドレさんを心配させないように急いで帰ろうか。」
小走りでアドレおばさんのパン屋に向かいながら、2日後に絵を仕上げることとなった。
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