第22話 手紙としいたけ
どこでもそうだが、パン屋の朝は早い。
ここも例外ではなく、暗いうちからアドレおばさんがもうパンを焼き始めている。
パンの焼けるいい匂いや、ガタンバタンとパンを作る音が階下からしてくる。
いま季節は初夏。
窓から差し込む朝陽が眩しい。
日が昇ると同時にわたしも起床する。
そして、身なりを整えて階下に降り、アドレおばさんの手伝いを始める。
パンが焼ける匂いは格別だ。
小麦とバターの焦げるこの匂いを嗅ぐだけで幸せな気持ちになる。
だから、パンの焼ける匂いは幸せの匂いだといつも思う。
「アドレおばさん、いつも思うけどこの匂い最高よね。」
「あら、レナちゃんもそう思うかい!わたしもパンの焼ける匂いは最高だと思っているよ!この匂いに包まれたいからパン屋をしているってのもあるけどね。」
アドレおばさんがうれしそうに鼻歌を歌い始めた。
わたしもその歌を聴きながらパンを並べる。
用意が整えば、ふたりでコーヒーと焼き立てのパンで朝食を取り、7時に開店だ。
こんな感じで始まるラストリアの朝は穏やかでとても充実している。
先日、王都にいるディルから手紙と大量のしいたけが届いた。
ディルから届いた手紙は、鳥の形に折ってあり、それが命を吹き込まれた鳥のように飛んできたのである!
そう、ディルの風魔法!
王都からラストリアまで風魔法で手紙が飛んできたのである。
アドレおばさんが気づき、店の扉を開けると、手紙の鳥が店内に入ってきたのには驚いた。
ディルの風魔法を見るのは2回目。
ディルも相当、魔力が強いんだろう。
手紙が飛んでくるなんて聞いたこともない。一体どんな高度な魔法なんだろう。
手紙には、ディルが騎士団の仕事でしばらくラストリアに滞在することになったとのこと。
その時に例の絵を一緒に仕上げようと書いてあった。
約束を覚えていてくれたんだ。
素直にうれしい。
でも、行動力のあるディルのことだ。
あの綺麗な黒髪を逆立て、漆黒の瞳で職場の上司に凄んで、強引にラストリアに来れるようにしたんではないかとちょっぴり心配にはなるが、2、3日のうちにはラストリアに着くとのことなので、ディルに会ったら無理をしてないか確認しよう。
かなり甘々な文面で、1回目は勢いでサラッと読んだが、ゆっくり読もうと思った2回目は恥ずかしくて正気では読めないような… 書き出しから「愛しの…」と始まるのには参った。
甘過ぎる。
甘過ぎるのよ。
なんだかんだと。
そして、ディルがすぐに再会が出来るおまじないなどと言って、頭上にキスを落とし、優しく撫でられたことを思い出す。
「ディルがこっちに来るのかい?」
「そうみたいです。2、3日後にはラストリアに到着するって!」
アドレおばさんが手紙を読みながら、顔を真っ赤にしているわたしを見て笑っている。
「レナちゃん、ものすごい顔をしているよ。耳まで赤いじゃないか。ディルは恥ずかしげもなく手紙で愛でも囁いていたかい?」
「アドレおばさん、一分一秒でも早く逢いたいとか、春の木漏れ日のような君の笑顔とか…書いてあるんですけど…」
「それは熱烈な手紙だね〜」
アドレおばさんは満面の笑顔だ。
いや、ニタニタしている感じ?
アドレおばさんとディルは旧知の仲のようなで、ディルもアドレおばさんにお世話になったことがあるようだ。
この間、送ってもらった時はディルもザックさんも硬くなっていたので、なにかしら3人の間には事情があるんだろう。
「ディルが騎士団の仕事でラストリアに滞在する間に時間を見つけて、この間、アドレおばさんにお話しをした例の絵を一緒に仕上げようと言ってくれているんですが、1日外出をしてもいいですか?」
アドレおばさんには、6年前の転移魔法でディルとザックさんとの出会いについて説明した。もちろん、その帰りも転移魔法が上手く出来ず、王都ベルの女将さんのパン屋に転移して大騒ぎになったことも。
そして、ベルのパン屋の女将さんからもわたしからも、今回の旅についてはアドレおばさんに説明をしてある。
わたしがダズベル王国の第3皇女であり、婚約話の打診が東か西かどちらかの隣国からあって、それを友人がうっかり聞いてしまったこと。
婚約話が進めば自由な時間がこの先なくなり、ひとりでラストリアに絵を描きにくるなんて旅は、到底出来ないのでこれが最後のチャンスであること。
「もちろんだよ。ディルと絵を描きに行っておいで。それが今回の旅の目的だろう。」
「はい!そうです。ありがとうございます。」
「別にディルと泊まってきてもいいよ。」
「ア、アドレおばさん!!!」
ちょっぴり想像してしまい、またまた頬が熱くなる。
アドレおばさんはわたしをからかって、破顔でヒィヒィと笑っていた。
あとから届いた大量のしいたけ…
雷のような魔法はかなり効果があったらしい。
わたし達が集落を後にした直後から、すぐにしいたけがニョキニョキと生えて、瞬く間に成長したらしい。
お役に立ててなによりだ。
届いた大量のしいたけでアドレおばさんは、しいたけパンを作ろうとしたが売れなさそうなので断念。
(しいたけパンが開発されなくて、本当に良かったと心から思う)
しいたけをご近所に配り、残りは毎日のようにきのこ鍋となった。
そして、わたしの二つ名が「かみなりしいたけの聖女」であることは随分後で知った。
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