第23話 自由と思い出作り
「アドレおばさん、行ってきます。」
「レナちゃん、気をつけてね。なんかあったら、転移魔法で逃げるんだよ!」
作業場にいたアドレおばさんに声をかける。
「はい!わかりました。でも、どこに行くかわからない転移魔法を使う方が危険なような…。」
「大丈夫だよ。なんとかなる!」
アドレおばさんは作業の手を止めて、根拠のない自信でなんとかなると笑顔で言い切ってくれる。
「そうですね。また、転移魔法を使えばいいですしね。でも、わたしは意外に強いんですよ!」
「それ、手に出来ている剣だこでわかるよ。」
「あれ?気づいていたんですか!!」
「レナちゃんのパンを捏ねる手を見たらわかったよ。でも、守って貰える身分のレナちゃんがなぜ剣を鍛錬しているんだい?」
「それは6年前にディルを助けた時に防御魔法しか出来なかったので、少しでも攻撃をできる方法を身につけたくって。」
「ああ!そういうことね!だから、剣だこなんだね。」
他愛もない会話をして、笑い合って店を出る。
ここ2、3日はお昼過ぎまでパン屋を手伝った後は、画材を持って夕方までラストリアの街を歩き、絵を描きたい場所を見つけてはスケッチをしている。
ラストリアはダズベル王国とフラップ国の王都を結ぶ交通の要衝でその歴史は古い。
ディルとザックさんが6年前に襲われていた大広場を中心に街が広がっており、あの時は気づかなかったが広場は学園の運動場のような広さで、石畳の大広場のまわりには石造りの庁舎や商会が立ち並び、テラス席があるカフェもある。
歴史の古そうな大聖堂も大広場に面していて、2つの尖塔がある立派な大聖堂だ。
大聖堂は「ラストリアブルー」といわれるステンドグラスが有名で、学園で学んだ時に一度は見てみたいと思っていた。
街の中心地から少し外れたところにチャドワ湖という、湖の周りを一周するなら1日かかりそうな大きな湖がある。
この湖があの絵の湖だ。
ネオンブルーで青なのか緑か不思議な色の湖面で水面に陽射しがキラキラ揺れるとそれは綺麗だ。
ラストリアの中心街に近い湖畔は遊歩道が整備されていて、人々は散歩をしたり、デートをしたり思い思いに過ごしている。
湖を描くのはディルと一緒の時にとっておきたいので、今日はあの、初めてラストリアに来た時の大広場で大聖堂をスケッチする。
スケッチをしていると、絵を覗き込む人や遠巻きに見ている人、いろいろな人がいる。
もちろん、話しかけられることもある。
それでもわたしにとっては至福の時間だ。
自由な時間に自由に好きな場所に行く。
人として当たり前のことがもう出来なくなる。
この旅が終われば、どっかの隣国に皇女として嫁がなければならない。
国の友好や国民のためとはいえ、半分は人質のようなものだからそんなに自由はないだろう。
せめて、ラストリアにいる間だけは皇女としての役割などはなにも考えず、自分の気持ちに正直に生き、最後の思い出作りをしたい。
侍女のバーベラが言っていた。
思い出だけで残りの人生何十年も生きていける…と。
わたしもそれでいい。
嫁いだら、いままでの思い出だけで生きる。
いまはまだどんな思い出を作ったのなら、残りの人生を生きていけるのかよくわからないけど…
「きれいなねえちゃん、なに描いているんだ。」
明らかに酔っ払いだとわかるおじさんが話しかけてくる。
「大聖堂ですよ。」
当たり障りない返答をする。
「へぇ、上手いもんだな。それよりねえちゃん、俺といいことしようや!」
酔っ払いのおじさんに不意に腕をグッと掴まれた。
しまった!!
「腕を…手を離してください!」
ぶんぶん振ってみるが離してくれる気配はない。
「離してください!」
仕方ない。実力行使しようか…と構えた時だった。
「レナ!!」
遠くから、誰かが呼んでいる。
「レナ!!!!」
すごい勢いで走ってくる騎士のような人!
「レナ!!!!!!」
あっ!!
「!!!ディル!!」
息を切らしながら、ディルが駆け寄ってきた。
「レナ、なにしているんだ!」
「おじさんが…腕を…」
わたしがおじさんに握られている腕をぶんぶんと振ってディルに見せる。
「うわ!!騎士だ!」
おじさんがディルを見て、びっくりしたように慌てて手を離す。
「おじさん、ごめん。俺の彼女なんだ。」
「ああ… そうかい。すまん。」
酔っ払いのおじさんは騎士の制服に圧倒されたのか、あっさり帰っていった。
「ディル!ありがとう!助かったわ。」
おじさんが少し遠くなったことを確認して、ディルを見る。
「びっくりした。庁舎から出てきたらレナがいるんだから!」
「わたしもびっくりした!いま、ラストリアに着いたの?」
「少し前に着いて、今日はもう仕事は終わったんだ。」
「そうなのね!」
ディルがなにか少し考え、レナを見る。
「レナはいまから時間ある?どうせ、絵を描いてばかりで観光はしてないんだろう?」
「うん。そのとおりだけど。」
「じゃ、俺が観光案内してやる!俺の彼女だしな!」
「えっ???」
「さっき、酔っ払いに俺の彼女だと言ってもレナは否定しなかったぞ。」
「あっ!!!」
咄嗟のことで聞き流していた。
「あれはおじさんの手前、そう言っただけだと思ったんだけど。」
「俺は冗談でもそんなことは言わない。行くぞ。俺の彼女さん。」
ディルがわたしの手を取る。
「ディル!!」
見上げたディルの顔が少し赤い。
耳は真っ赤だった。
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