第8話 目的

転移魔法はまたしても間違えてしまったようだ。

 そして、偶然にもまたディルのそばに転移した。

 こんな偶然って…


「ところでレナ、今回は本当はどこに行く予定だった?」

 不思議そうにディルが聞いてくる。


「今回も転移魔法を間違えてしまったようで… 驚かせてごめんなさい。本当はラストリアに行く予定だったの。」

「ラストリアに?」

「先日、学校を卒業したので時間ができたから、ずっと前からラストリアに行きたかったし、今回ひとり旅を決行したの。」


 本当は婚約させられそうで、もう自由な時間はなくなるから慌ててラストリアのひとり旅を決行したとは久しぶりにあったディルには言えない。


「ラストリアになぜ?」

「実はディルを探すつもりだったの。」

「俺を?」

 ディルは驚いた顔をした。


「早速、偶然にもディルに会えて、わたしの旅は終わりそうだけど。」

「それはどういう意味?」

 ディルの瞳が真剣だ。


「ディルはあの時、わたしが描いたラストリアの湖の絵をまだ持ってる?」


それはもちろんだ。

レナのことは忘れたことがない。


「もちろん!」


「あの時、絵の色を塗るって約束したでしょう。あの約束を果たしにラストリアに来たの。」


レナ…


「あの絵は大事に持っているよ。いまは寮の部屋に飾ってある。」

「うれしいわ。飾ってくれているのね!今度、ディルの都合がいい時で良いからとは言っても1ヶ月もこちらにいられないから、近いうちに色を塗ってもいいかしら?今回の旅の目的はディルを探して、絵を完成させることだったの。出来れば、思い出にもう一枚絵を描けたら最高だけど…。」


 ディルがうれしそうに笑った。


「うれしいよ。ぜひ、あの絵に色を塗ってくれ。あの時の約束を覚えていてくれてうれしいよ。ありがとう、レナ。」

「実はわたしもあの半分の絵を持ってきているの。良かったわ。これで約束が果たせそうで、転移魔法を間違えて良かったわ。」


 ふたりで思わず顔を見合わせ、笑ってしまった。


「レナ、聞かれる前に言うけど、ここがどこだかわかっている?」


 この牧歌的なこの場所…


「全く、わかっていなくて。ここはどこか教えてもらっていい?」

「ここはラストリアの手前のサンダースという村の近くだ。あの山を越えたら、ラストリアだけどね。」


 ディルが指差す方向を見ると、遠くに山頂を白くした高い山々が見える。

 ラストリアはあの向こうか…


「ラストリアまではどれぐらいかかる?」

「あと1日だな。俺は今日はサンダースに泊まる予定だけど、レナは転移魔法でラストリアに行くのか?」

「そうね。ラストリアでお世話になる方も待っておられるだろうし、今日着かなかったら心配されると思うから転移魔法で行くわ。」


 転移魔法の自信は脆くも崩れたが、やるしかない。


「レナ、本当に大丈夫か?ラストリアではどこに世話になるんだ?」

「ラストリアのアドレというパン屋さんよ。」


!!!

アドレというパン屋だと!

魔女が正体を隠してやっているパン屋だ。

魔女であることはフラップ王国の王族しか知らないはず。


「…アドレって、またなぜそこに?」


 ディルは怪訝な表情だ。


「わたし、ベルではパン屋さんのお手伝いをしていて、そこの女将さんの紹介よ。女将さんの昔からの友達らしいわ。」


「昔からの友達?」


昔からの魔女の友達… もきっと魔女だろう。

俺は辺りをキョロキョロ見回す。


いた… やっぱりいた。

予想通りだ。


黒猫。


あの黒猫はきっとアドレのパン屋の魔女の使いだな。

この状況を常に把握(監視?)しているんだろう。



「ディル、急にキョロキョロしてどうしたの?」

「いや、なんでもない。そうか、アドレで世話になるんだな。俺も行ったことはあるよ。」

「そうなのね!そこに滞在する予定だから遊びにきてね。」

「ああ、必ず行く。」


 俺はレナのことをもう離さないから。

 必ず迎えに行くよ。


 ディルは先ほどレナが地面に置いた鞄を手に取り、土を払い手渡した。


「ディル、ありがとう。わたし、そろそろ行くね。あと少しで夕暮れになるだろうし。」

「そうだな。急いだほうがいい。また必ず近いうちにアドレのパン屋に行くから。」


「待っている…わっわっ!」


 会話が終わらないうちに、また急にディルに抱きしめられた。

 ディルがわたしの耳元で「心配だな。」と小声で呟く。

 耳がくすぐったい。


「ディル、さっきからくっつき過ぎ!」

 赤面しながらも抗議するがディルは離してくれない。


「ごめん。ごめん。レナとまた離れるかと思うと心配で。」

 頭上の髪にキスをされた。

「ディル… なにを!!」

「転移魔法の成功のおまじない。レナ、次は成功するといいな。」


 やっと離してくれた。

 ディルから10歩ほど離れる。

 では、いざ。


「では、ディルまたね。」


 ゆっくり、転移魔法の詠唱を始める。

 白い靄が出て、それに包まれる。

 一瞬、ほんの一瞬転移の気配がした。


 しかし…


 だんだん、白い靄が消えていく。

 そして、隣にディルがいる。

 さっき10歩ほど離れたのにディルのすぐそばに転移している。


「あれ、ディル?」

「そうだ。」

「ディルは…双子じゃないよね。」

「双子って…それどこかの国で流行っている恋愛小説だよ。俺だ。レナは10歩ほどだけ転移したようだ。」


 またしても失敗してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る