第7話 ディル

俺はディカルト・フラップ。


 いまはフラップ王国の王弟だ。

 ディルと呼ぶのは兄と一度だけ会ったことがある少女ぐらいだ。


 数年前に継母だった王妃殿下が中心となって起こした皇太子継承問題で、その当時第一王子であった6歳年上の兄と第二王子であった俺は王妃一派に何度も命を狙われた。

 俺より1つ年下の第三王子であった義弟を第一王子にするための俺たちへの暗殺未遂の数々。


 俺と兄は同時に殺されることはないようにと、騒動が落ち着くまで王城を出て、バラバラで1年ほど各地を転々とし逃亡生活を送った。


 殺されると思ったことが何度もあるような大変な一時期を過ごしたが激しい皇太子継承騒動の末、王妃一派は排除され、陛下であった父は責任を取り、まだ弱冠20歳であった兄に譲位をした。

 俺はいま20歳だが、いまさらながら、20歳で王位を継ぎ、騒動の鎮静化に成功した兄の偉大さに尊敬する。


 父は離宮に移り、兄が王として国を治め、いまは落ち着きを取り戻した。


 俺は騎士団の副団長として微力ながら、王である兄を支えている。

 騎士団を志したのも、その逃亡生活中の体験にある。


 王妃一派からなんとか逃れ、やっとの思いでラストリアに来たものの先回りをされていて、あわや斬られる場面だった。


 白い靄が突然発生したかと思うとひとりの少女が現れ、大男に向かって一歩前に踏み出し、彼女曰く、防御魔法を展開したのだ。


 あの局面で一歩「前」に踏み出す。

 その勇気。


 俺は痛めた足首を押さえるだけでなにも出来なかった。

 その一歩をなぜ俺は踏み出せなかったのか。

 非力で逃げてばかりの自分が情けなかった。

 少しでも強くなりたかった。

 強くなる=騎士団 

 単純な図式だ。


 出会った少女は足を痛めた俺に「痛みが飛ぶ魔法」を聖女のように施し、ラストリアの美しい風景を見事に描いて、ずっとラストリアにはいられない俺のことをおもんぱかって、絵を持っていたらいつでも見られるからと半分くれた。



 その気持ちが嬉しかった。

 その少女が眩しかった。

 そして、初恋… だった。



 初恋を拗らせている…

 ザックは俺にそう言う。


 あれから…

 逃亡生活も終わり、騎士団に入団をして新しい生活にも慣れた頃、ようやく落ち着いた俺はレナを探し始めた。


 レナを忘れられるわけがない。


 手掛かりはダズベル王国の王都ベルに住むレナ。

 それだけ。

 レナは俺たちにそれだけしか話さなかった。


 でもあの時、ザックが淹れたお茶を渡した時に、薬物が入っていないか一瞬躊躇った。

 そして、なにより去り際のカーテシー。

 あれはなんだ。

 どう見ても10歳そこそこの子どもなのに、どこの国の姫かと思う程の優雅なカーテシー。


 その行動を考慮しても、レナはダズベル王国の王都に住む貴族のご令嬢で間違いないと俺は確信していた。

 

 何度か、ダズベル王国には行ったが手掛かりさえ掴めなかった。


 それから随分時間が経った。


 先日、偶然にも騎士団の友人の伝手で、ダズベル王国の貴族の子女が通うという王立学園の卒業パーティーに行けることになったのだ。


 このチャンスを逃してはならない。

 貴族の子女が大勢集まるパーティーなら、なにかしらレナの情報が聞けるかも知れない。


 張り切っていたのに卒業パーティーに行く直前にアクシデントがあって、中盤からの参加になってしまったが…。


 パーティーに行く直前のアクシデント…

 紫色の石タンザナイトが使われた髪飾りを拾った。

 しかも拾う寸前、踏んで壊してしまったのだ。


 こんな時に限ってだ。


 学園内で拾ったので生徒の髪飾りだと思われたが、踏んで壊したのを大変申し訳なく思い、パーティーの受付の者に落ちていた髪飾りを踏んで壊したので修理に出してから、学園に渡す旨を伝えて、腕の良い髪飾りの工房を教えてもらった。

 

 修理に持って行くと、工房の作品であり、亡くなった王太后の物であると言われ、挙げ句の果てに盗みを疑われる始末。

 修理に来た経緯と身分を明かし、納得してもらうのにかなり時間を要した。

 

 そのためパーティーへは中盤からの出席になってしまったのだ。


 中盤からの参加は相当目立ったのか、人垣が出来て質問攻めに合い、レナのことは最後まで聞けなかった。


 そんな失意の中、俺はフラップ王国の王都に戻る途中だった。



 突然、既視感のある白い靄が発生したかと思うと、ひとりの女性が立っているではないか。


 あれだけ探しても見つからなかったレナが現れた。



 運命だ。



 興奮のあまり、思わずレナを抱きしめてしまった。

 レナが俺を覚えていてくれたんだ。

 (ザックのこともだけど)


 俺の聖女様。


 あの時と変わらず眩しかった。

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