第6話 再会
白い靄が晴れ、目の前に視界が広がる。
今回の転移魔法はゆっくり尚且つ慎重に詠唱したのだから、きっと間違いはない。
恐らくラストリアのパン屋さんの周辺に転移できたんではないかと、不安な気持ちもあるが上手くいったのではと期待もしている。
しかし、期待に反して目に飛び込んできた景色は広いなだらかな大地に一面に草が生えている牧草地だった。
これ、牧草地… だよね。
牧草地…
ラストリアって… これラストリア?
頭が混乱する。
動悸もしてきた。
想像していたラストリアの風景ではない。
落ち着こう。冷静になるんだ。
深呼吸。
やっぱり、なだらかな丘に緑一面に短い草が生え、遠くに羊も見える。
もう、こうなったら嫌な予感しかしない。
ラストリアではなさそうだ。
またしても転移魔法の詠唱を間違えたらしい。
ふと、足元に人の気配がして目線を下にやると…
「うえええっ!!!!」
思わず、令嬢らしからぬ叫びをしてしまった。
そして、横跳びをしてしまった。
わたしの足のすぐそばで寝転がっている人がいる。
その人物がわたしを凝視している。
目がバッチリ合った。
まずい…
黒髪の黒い瞳の端正な顔立ちの若い男性だ。
その人物が急にガバッと起き上がった。
「す、すみません。わたしは怪しい者ではないんです!!!」
自分で叫びながら、いや〜 十分怪しいだろうと冷静にツッコむ自分がいる。
起き上がった黒髪の若い男性は、横に置いていた剣を手に取り立ち上がった。
わたしは思わず身の危険を感じ、握りしめていた鞄を地面に置いて後退りをする。
「本当に怪しくないから!わたし、怪しくないんです!」
身振り手振りでとにかく必死に男性に訴えてみる。
黒髪の男性は騎士のようだ。
それっぽい制服を着ている。
見目麗しい美形だと言っても過言ではないぐらい端正な顔立ち。
よく鍛えているのか、肩まわりは程よく筋肉がついていて、そこそこ強いのが雰囲気からも見てとれる。
ふたりの間に沈黙が続く。
わたしを上から下まで見て、もう一度顔を見て…
なにか考えて… 上を向いて考えて…
もう一度、わたしを見て…
「???」
「… レ、レナ?」
「えっ?」
わたしの知っている人?
しかもレナ呼びは、ごく親しい人しか呼ばない。
こんな、見目麗しい若い男性は全く知り合いにいない。
学園でもこんな人物はいなかったはず。
「レナだよな!俺、 ディルだ!覚えているか?」
ディル…
6年前、転移魔法を間違えてラストリアで会った男の子。
誰かに襲われていたのを助け、一緒に逃げたあの男の子。
あの時の出来事は夢だったのか現実だったのかとわからなくなることはあるけど、忘れようにも忘れたことはない。
「ディル!!!」
「やっぱり、レナなんだな!」
ディルがゆっくり微笑みながら歩いて近づいてきたかと思うと、わたしをぎゅっと抱きしめた。
えっ?
「逢いたかった。俺の聖女様!」
…はい?
「…ディルなんだよね?ラストリアで会った、あのディルだよね。」
ディルの腕の中から逃れようと、もぞもぞするがぎゅっとキツく抱きしめられているので、逃れられない。
ディルの腕の中に埋もれている。
「そうだ!あの時、レナに助けてもらったディルだよ。レナのことは忘れたことはない。」
更にギュッと腕に力が入るのがわかる。
「そうだったんだね。ディル、覚えていてくれてありがとう。ところでディル。苦しいから離してもらっていいかな?」
このままディルの腕の中に埋もれていては彼の胸が壁となって会話が出来ない。
「ごめん。ごめん。ついレナに会えて興奮してしまった。」
やっと腕の力を緩めてもらい、離してもらえた。
一歩下がって、まじまじとディルの顔を見ると、見覚えのある黒い瞳と目が合った。
記憶の中のディルの瞳と変わりない。
ディルだ。
あんまりにも綺麗な顔で微笑まれ、恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまった。
「ずっと、レナを探していたんだ。」
「わたしを?」
「あの時のお礼もろくにしていないしな。」
「そんなのいいのに。」
ほんと、特にこれといったことはした覚えがないのに。
「こんなところでレナに逢えるなんて運命だよ。」
わたしの両手を取り、あの時と変わらないキラキラの瞳を向けてくる。
あの瞳で、そして運命だなんて言われて、照れない訳がない。
自分で赤面したのがわかった。
「ディルはいまはもう狙われていないの?」
話題を逸らしたかった。
「もう、ここ何年かは大丈夫だ。心配してくれていたのか?」
「絵を見る度に気にはなっていた…ザックさんも元気?」
ディルは一瞬驚いた顔をして、顔をほこらばせた。
「よく覚えていたな!ザックも憎たらしいぐらい元気だぞ。今日は別行動なんだが、いまも一緒だよ。」
それを聞いて、うれしくなって胸が熱くなる。
「良かった。本当に良かったわ。お二人ともご健在なのがわかって安心したわ。」
ディルがわたしの両手をグッと握った。
「レナ、ありがとう。俺もレナが元気そうで良かった。」
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