第5話 アン姉様の協力

わたしは急いで秘密の地下通路から王城に帰ると、いまは公爵夫人である1番上のアン姉様に会いに行くことにした。



「アン姉様、急にお屋敷に伺って申し訳ありません」


「レナが急にうちに来るなんて、珍しいこともあるのね。なんかあったのでしょう」


 アン姉様は5つ年上の1番上のお姉様で凛とした姿が美しく、5年前に筆頭公爵家に嫁がれた。

 幼い頃からずっと公爵様とは婚約者で結婚した今でも仲睦まじくされている。


 公爵様もとい義兄はまだ帰宅されていないようでホッとする。

 いまから、アン姉様に話すことはあまり人には聞かれたくない。


 なにかを察したアン姉様はサロンに通してくれると人払いをしてくれた。


「アン姉様にお願いがあってやって来ました」


 スカーレットから聞いたわたしの婚約話をし、わたしに残された時間が少ないことも説明した。


「その話が本当なら、レナはどっちかの隣国に行くことになるのね。淋しくなるわ」

 ふぅと頬に手をあてて、アン姉様はため息をつく。


「わかったわ。レナがラストリアに行っている間は、公爵家の領地にわたしといることにすればいいのね」


「アン姉様、ご迷惑をかけてすみません。どうしても婚約前にラストリアにだけは行っておきたくて」

「いいわよ。額に入れてレナの机の上に飾っている、半分だけのあの絵のためでしょう」


 アン姉様、絵に気づいていたんだ。


「はい。ある人と色をつけると約束していまして、その人に会えるかはわからないけど、きっとわたしに残された最後の自由な時間ですので、どうしても行きたくって」


「そうね。そうなる可能性が高いわね。王族って、どうしてこうも不自由なのかしら」

「わたし達は政略結婚で国民を守るのが責務ですから…」


 ふたりで顔を合わせ、はぁとため息をつくと重い空気になった。


「ラストリアには侍女も付けず、ひとりで行くの?」

「はい。そのつもりです。ラストリアまでは転移魔法で行くつもりですから侍女は連れて行けません。宿泊は宿屋代を節約するためにもパン屋の女将さんの友人のパン屋さんにお世話になる予定です。もちろん、お手伝いもしますよ」


「それはいろいろな経験も出来ていいわね。でも、転移魔法は大丈夫なの?最近、使っていないわよね?」

「練習はしていませんが、たぶん大丈夫です」


 本当はあまり自信がないが、時間がない今は背に腹は代えられない。


「心配だわ。でも、間違えてどこかへ行ってしまっても、何度か転移魔法を繰り返したら王都には帰って来れるわよね?」

「…たぶん」


 本当にたぶん…です。

 わたしの転移魔法は…

 

「いいわ。なんとかなるでしょう。ロン叔父さまにはいざとなったら、助けてもらわないといけないから、わたしからも声をかけておくわ。レナもロン叔父さまには手紙でも書いてね。とにかく、わたしは明日からレナと公爵領地に帰る設定ね。シーズンでもないし、今回はレナの学園の卒業のお祝いのために王都に帰って来ていたし、それが終わった今となっては予定を早めて領地に帰るだけだからそこは任せて」


 なんて頼もしい。そして凛々しく優しいお姉様。


「アン姉様、本当にご協力ありがとうございます」


「それより、卒業パーティーでの探し物は見つかったの?」


 1週間前に卒業した王立学園では、卒業パーティーという名の舞踏会が開かれる。


 あの日はわたしはパーティーが始まってすぐに亡くなった祖母から頂いた髪飾りを落としたことに気づき、パーティーをそこそこに髪飾りを探しに王城に帰ってきたのだ。


「あーそれは…」


 言い澱んでいると、アン姉様は察したらしい。


「おばあさまの髪飾りは見つからなかったのね」

「ええ。探したんですが見つからずじまいで…」

「そう、残念ね。それはそうとパーティーの中盤にどこの貴族の親戚かは忘れたけど、見目麗しい男が来たらしいわよ」

「それ、スカーレットも話していました。学園のみんなが目の色を変えて群がったとか…」

「凄かったらしいわね。レナも惜しいことをしたわよね」

 アン姉様が戯けた顔をする。

 わたしは思わず、声を上げて笑ってしまった。

 重い空気も気持ちも吹っ飛んだ。

 アン姉様、ありがとう。


 それにしてもアン姉様は学園のそんな話をどこから仕入れてきたのか、さすがは公爵夫人。社交界の情報網恐るべしだわ。



 アン姉様の公爵家から王城に急ぎ帰ってからは、これまた大急ぎで両親にアン姉様の公爵領地にしばらく行くこと報告をし、急にどうしたのかと言われながらも、なんとか変な笑みを浮かべながらもアン姉様と考えた言い訳で誤魔化し、了承を得た。


 父は射抜くような目をして、渋い顔をしていたけどね。


 部屋にやっと戻れた時にはもう夜も更けて、クタクタであった。


 鞄には僅かな衣類と画材一式とあの半分の絵だけを詰め込み、あっという間に支度を終わらせた。


 長い間、いつかラストリアに行けたらと思っていたけど、こんな形で急いで旅立つことになるとは… 予想外の急展開といよいよひとり旅と思うと夜はなかなか寝付けない。


 羊の数を数える代わりに、明日のためにも転移魔法の詠唱を心で呟くとなんだか目が冴えてくる。


 寝ることは諦めることにしよう。

 



 翌日はアン姉様の支度もあり、昼過ぎにアン姉様のお屋敷を訪れた。

 もちろんわたしは、ラストリアに着いた時のことを考慮して、どこから見ても街娘風に仕上がっている。


 一緒の馬車で出発をして途中で別れることにしている。


「アン姉様、急なお願いなのにいろいろありがとうございます」


 馬車の中から転移魔法でラストリアに行くため、馬車ではふたりにしてもらった。

 

「そんなの全然いいわよ。可愛いレナのためですもの。でも、くれぐれも危険なことだけには首を突っ込まないでね。レナはじっとしていないから心配だわ」

「ご心配ありがとうございます。ラストリアに着いて落ち着いたらアン姉様に手紙を書きますね。1ヶ月程で戻ります」

「そうね。1ヶ月が限界よね。明日、婚約の打診があったとして、すぐに帰って来なさいとなるものね」

「アン姉様、そこのところよろしくお願いします」

「ええ、そこは上手く1ヶ月引き伸ばすから。最後の自由な時間をゆっくりしてらっしゃい」

「ありがとうございます。ではそろそろ行ってきますね」

「レナ、気をつけてね」



 鞄の持ち手をぎゅっと握りしめ、不安定な馬車の中で立ち上がる。

 

 ゆっくり転移魔法の詠唱を始める。

 今度こそ、間違えないように。

 ゆっくり。ゆっくり。

 行き先は女将さんの友人のラストリアのパン屋。

 この白い靄に包まれるのは久しぶりだ。


馬車の中の気配が消えて転移が始まった。

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