第3話 半分になった絵

その部屋は寝室なのだろうか、ベットや重厚な執務机や家具が置いてある。

 決して豪華ではないが、良い木が使われている家具で大事に使用しているんであろうか、しっかり手入れをされていい色になっているのがわかった。


 窓を開けてバルコニーに立つと、目の前にネオンブルーに輝く広い湖が広がっていた。


 見たこともない湖面の美しい色。

 青なのか緑なのか、それは不思議な色だ。


 湖岸には別荘なのか、白樺の木々の間に色とりどりの建物も並んでいる。


「す、すごいわ!」

 思わず感嘆の声を上げてしまう。


 そんなわたしをうれしそうにディルが見ている。


「そうだろう!ラストリアの自慢の景色なんだ!」

「初めて見ました。遠くの高い山に雪が積もっているのもすごく壮観です」

「あの山は一年中、氷河に覆われているよ。その雪解け水がこの湖に流れてきているんだ」

「そうだったんですね。だから、こんなに美しい色をしているんですね。絵を描く道具を持っていれば良かった。この景色を描きたかったわ」


 今すぐにでもこの美しい湖と雄大な山々を描きたい衝動に駆られるが、なにせ道具は森の中だ。


 森でいつも絵を描いていたから、森で見つけた小さい洞窟のようなところに置きっぱなしである。


 非常に残念。諦めるしかない。


「レナ、どうしたの?」


 わたしのテンションが急に下がって、あからさまにがっくりしている様子にディルが心配そうに聞いてくる。


「あ、ごめんなさい。違うの。この景色の絵を描きたかったんだけど、今日は画材を持っていないことに気づいて、残念に思っていただけよ」


 ディルが少し驚いたように目を見開く。


「レナは絵を描くの?」

「ええ。絵を描くのは好きよ。これまた上手くないんだけどね。本当は今日は家の近くの森に転移して、森で絵を描くつもりだったの」


 ディルが顎に手を添えて、なにかを考えている。


「ねえ、ザック。そこの執務机にペンと紙があったよね」

「はい。ありますよ」


「レナ、今日は紙とペンしかないけど、時間が許すならスケッチだけでもしていかないか?」

「えっ!ディル、いいんですか?ペンと紙を貸して頂けるの?」

「この家には画材はないから、色を塗ることは出来ないけど、それで良かったらどう?」


 思ってもみなかった申し出に思わず飛びついてしまう。


「ディル、ありがとう!ぜひ、ペンと紙を貸してください」


 ザックさんがペンと紙を用意してくれている間、バルコニーに置いてあった木のテーブルセットに座らせてもらい待つ。


 「ディルは毎日、こんな素敵な景色を見て過ごしているのね。羨ましいわ。他の季節もそれは綺麗なんでしょうね」

 「俺は… ここで暮らしている訳ではないんだ。いまは訳あって、ラストリアにいるんだけど、またすぐに移動をする…。俺はこの景色を見て、ずっとここで暮らしたいんだけどね」


 ディルが一瞬悲しそうな顔になった。


 変なことを言ってしまったわ…。


 どうしようと思ったタイミングで、ザックさんがペンと紙を持ってきてくれた。

 

 時間が気になるがこの景色を描かずにはいられない。


 一心不乱にスケッチに集中した。


 その横でディルがずっと見ていたなんて、気づきもしないで。



 少し日が陰ってきた。


 そんなにスケッチに時間をかけたつもりはないが、夕暮れが近づいているのがわかる。


「出来たわ。ディル、ありがとう」

 自分でも納得出来る仕上がりになった。


「レナ、すごいね!すごく上手いんだね。まるでこの景色が紙に写しとられたようだよ!」

「ディル、大袈裟よ。でも、すごくいい出来栄えよ」


 ディルが愛おしそうに絵を見てくれる。


「絵に色を塗れないのが残念だね」

「それは…今度のお楽しみにしておくわ。次にラストリアに来る時は必ず、画材を持ってくるわ」


 ふと、思いついた。


 いま描いたスケッチを半分に折る。

 そして、折り目をキツくつけたところで勢いよく半分に破った。


「レナ!!破るなんて!なにをしているの?」


「半分こよ。ディル、あなたがこの半分を持っていて」


 ディルの端正な顔がまだ意味がよくわからないという顔をしている。


「ディルもラストリアにはずっといられないんでしょう。この絵を…半分だけど、持っていてよ。お互い、絵を持っていたらいつでもこの景色を見られるでしょう!」


「ああっ!レナ!なんて素晴らしいんだ!」


 ディルの黒い瞳が大きくなって、わたしを真っ直ぐに見る。


「レナ、ありがとう!!」

「うん。ディルが喜んでくれて良かったわ」


 ディルが恥ずかしそうにこちらをチラッと見る。


「俺、レナにひとつお願いがあるんだけど…」

「うん?わたしで出来ることなら」

「次に俺に会えた時にこの絵に色をつけて欲しいんだ。約束してもいい?」


 思わぬお願いにびっくりするが、わたしもそうしたいと思っていた。


「もちろんよ!では、次にディルに会えた時にお互いの絵をひとつにして色を塗りましょう。約束ね。出来れば、このラストリアでね」

「ありがとう。レナ… 約束だ。このラストリアでいつか会おう」


「はい!」


 ディルが恥ずかしそうに微笑む。それを見て、わたしも照れながら微笑む。


「では、そろそろ時間だから帰るね」


 半分になった絵を持ち立ち上がり、ディルや後ろで見守ってくれていたザックさんから少し離れる。


「おふたりともありがとうございました。また、次にお目にかかれる日まで健やかにお過ごしください」


 ふたりにスカートを少し持ち上げ、カーテシーをする。


 そして、転移魔法を詠唱する。

 次こそは間違えない。

 目の前に白い靄がかかり始める。


「レナ… 必ず、また会おう!絶対、レナを探し出して見せるから!!」


 微かにディルの顔が見える。

 真っ直ぐな黒い瞳…

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