第2話 少年

(!!!)


 ここは…???

 見慣れない木の天井…

 はて… わたしはなにをしていたっけ…

 倒れる前はたしか…


 「良かった。目を覚ましたんだね」


 声を掛けられて、横を向くと少年が椅子に座っていた。

 心配して、ずっとついていてくれたようだ。

 わたしはソファに寝かされていた。


 「…あの…わたし、倒れました?」

 「うん。俺の足首を治してくれてすぐに気を失った」


 「お嬢さん、ご気分はいかがですか?魔力切れを起こしたようですね」

 商人がお茶を淹れて持ってきてくれ、カップを手渡してくれた。 


 カップをじっと眺める。


「お嬢さん、どうぞ。大丈夫ですよ」

「あっ、いえ、そうじゃなくて… すみません。ありがとうございます。いただきます」

 とにかく、先ほどかなり走ったので喉が渇いていたのか、ごくごくと一気に飲み干した。


 少年がうれしそうにわたしを見ているのがわかる。


 落ち着いて少年をよく見ると、漆黒の黒髪と瞳がとても綺麗でなんとも端正な顔立ちだ。


「気分はどう?もう大丈夫?さっきは俺を助けてくれてありがとう。俺はディル。そして、こっちの男がザック。君は誰なのか聞いてもいい?」


 ふたりの視線が一気にわたしに飛んでくる。


 ここがどこの街なかも、この少年と商人が誰かもわからないのに手を引かれるままついてきてしまったが、あの時、あの場所にいることの方が危険だったように思う。


 この選択は間違えていないはずだ。


 この2人をよく見れば、着ている服は商人風ではあるが、上等な服であることがわかる。

 そして、たぶんザックは20代ぐらいでディルの従者だ。ディルは私と同じぐらいか少し上の歳でどこかの貴族か裕福な商家の子どもなのかも知れない。


 彼らの身元がわからない以上、わたしがダズベル王国の3番目ではあるが皇女であることは伏せておいたほうが賢明だ。

2人がなにものかに襲われていたことを考えても、言うと絶対面倒なことになる。


 うちの父… 国王陛下の渋い顔が浮かぶ…

 また、わたしが面倒ごとを起こしたと…


「…わたしはレナ。えっと… ディルさんにザックさん、わたしこそ、いろいろありがとうございます。実はわたしは転移魔法の詠唱を間違えてしまったようで、何故かここに着いてしまったようです」


 転移魔法の詠唱を間違えたのは自覚しているんだけど、普通は詠唱を間違えると転移出来ないはずなんだけど… どうしてこうなったのか意味がわからない。


「ディルでいいよ。レナ。本当にありがとう。レナが転移魔法で来て助けてくれていなければ、あそこで俺は斬られていたよ。レナは転移魔法が使えるなんてすごいね!」


 ディルが綺麗な黒い瞳をキラキラさせている。


「転移魔法は失敗しましたが…咄嗟に防御魔法が上手くいって良かったです」

「ぼ…防御魔法?剣を弾いたのは防御魔法だったんだね!では、俺の足首を治してくれたのは?」

「あ…あれは…」


治癒魔法…


 ダズベル王国では、王族のみの力だ。

 人の前では絶対に使ってはいけないもの。

 この力は無限ではなく、自分の命を削って発動される。

 ーーそう教わった。


 ディルがあんまりにも痛そうだったので、なにも考えずに思わず人の前で治癒魔法の力を使ってしまったことを思い出した。


 まずい… 実にまずい…


「…あ、あれは「い…痛みが飛ぶ魔法」です」


「痛みが飛ぶ魔法?」

 ディルが不思議そうな顔で覗き込んでくる。


「そ、そう!そうなんです。痛みが飛ぶ魔法で、決して患部は完治していないと思うので、この後は必ずお医者様に診てもらってくださいね」

「そうなのか?腫れも引いたし、俺はすっかり治ったのかと…。痛みが飛ぶ魔法… そんなのがあったんだな」


 我ながら、なんて苦しい言い訳…。

 チラッとザックさんを見るとなにか考え事をしているようだった。

 ザックさん…お願いだから真剣に考えないで!!


「わたし…帰らないと… あの…ここはどこだか教えてもらっていい?」

「ここはラストリアだよ。レナは転移魔法で間違えてここに来たんだよね?」

「…うん」


ラ…ラストリア… 聞いたことがある。


それって、隣国のはずだ。


「フラップ国のラストリア?」

「そうだよ。どうしてそんなことを聞くの?」


 ああっ!なんてことだ。

 隣国に来てしまったんだ。


 ダズベル王国の西隣にある大国。

 確か、王族同士で争いが絶えない国。


 ラストリアはフラップ王国の王都に次ぐ大きな街でフラップ王国の王都とダズベル王国の王都ベルの中継地にある活気ある街だと家庭教師が話していたはず。


 これは非常にまずい。


 隣国の皇女が手続きもせずに来ていたことがバレたら、それこそ国際問題だ。

 それでなくてもややこしい国だと父が言っていたことが思い出される。

 早く帰らなければ。


 まだ、部屋の中は明るいから夕暮れではないと思われる。


「あの…わたし、遠いところまで来てしまったようなのでもう帰りますね」

「レナはどこから来たの?」


 どうしよう… なんて言えば…

 背中に汗が流れる。


「ダ…ダズベル王国の王都ベルです」


「「!!!」」


 そんな反応になりますよね。

 わたしも大層驚いています。

 自分の転移魔法のあまりにもの失敗に。


「ダ…ダズベル王国のベルだって!レナは魔法の力が強いんだね!強くないと間違えてもここまでは転移出来ないよ!」


 わたしもそう…思います。


 ディルが好奇心で目をキラキラさせて驚いてくれます。


「えっ…と…強いというか… 」


 確かに魔法の力だけは強いと言われた。

 でも、強いと上手く使えるかは別問題。


「でも、魔法を上手く使えなくて、どちらかと言えば苦手なんです。だから、練習をしていたのですが…」

「苦手には見えなかったよ。防御魔法を一瞬で展開していたしね」

「あれは我ながらよく出来ました。満点です。師匠に見てもらいたかったぐらいの出来映えです」


ディルが目を丸くしたかと思うと、破顔で笑い出した。


「そうだったんだね!俺にはレナが大聖女のように見えたよ。本当に格好良かったんだ!」


そう手放しで褒められると、なんだか照れる。

「…ありがとう」


 いよいよ、時間が気になってきた。


 ソファから立ち上がり、掛けてもらっていた膝掛けを片付ける。


「もう、帰ります。いろいろありがとうございました。あの… ここから転移しても良いですか?」

「レナ、良かったら景色の良いバルコニーがあるんだ。その景色を見てから、そこからどう?ザックもいいよね?」

「もちろんです。せっかくラストリアにいらしたんですから、景色だけでも楽しんでいってください」

 案内されたバルコニーは2階の1番奥の広い部屋にあった。

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