第91話:作戦開始
第一試合。
シュバルツことヴェロスとゲオルグという老騎士の闘いは、盛り上がりに欠けるものだった。どんな事情があるのか分からないが、無理矢理参加させられている風で、若造であるヴェロスを前にしても逃げ腰で、張り合いのないものだった。
元々騎士であったことは確かなのだろうが、やせ細ったその体はまともな食事をしていないことが剣の軽さが物語っていて、闘技場の主催者の悪趣味に心の底で冷えたものを感じた。剣を三度交えただけで、老騎士は狼狽し、ヴェロスは迷わず剣を弾き、試合終了の合図を待った。しかし観客からはブーイングの嵐が起き、「殺せ、殺せ」と罵声が飛ぶ。
殺してしまえば簡単に終わるが、震えて命乞いをする老人にとどめを刺す程ヴェロスは残虐な心を持っておらず、剣の柄で気絶をさせ、勝利の合図も聞かずに控室に戻った。
試合が開始される前から気が付いていた。闘技場の地面は乾いた血の跡があり、それは軽傷ではなく首を跳ねたか心臓を突き刺すまで闘い続けたことを示している。
いつも闘わせる時はどちらかが死ぬまで、致命傷を与えねば終わらないということだ。
この闘技場で行われていることは、戦士同士の誇りをかけた闘いではない。
残虐なものを欲する輩が集まる血生臭い場所だ。
大きな金が動く闘技場では決勝戦まで楽しむことが通例らしく、観客はますます増えていく。
第二、第三試合が進む中、相手の手の内を知られないように控室で待つことになっており、ヴェロスは自分の出番である第五試合を待っていた。第四試合の開始の合図が聞こえてものの数十秒で試合終了の角笛がすぐに鳴った。
―――アリスタが言っていた魔術師か?
反対側のブロックの試合が異常に早く済んでしまう。こうなっては第一試合をもっと長引かせるべきだったとヴェロスは少しばかり後悔した。第五試合の前までには、この闘技場を包囲したことをアリスタが告げて途中で切り上げるはずだったのだ。こうなっては、このまま試合を消化するしかない。
包囲する前に大会自体が終わってしまっては「泥ネズミ」が顔を出さずにやり過ごすかもしれない。最悪の事態は自分の素性がバレて、女王が観戦していることも感付かれて命を狙われることだ。いや、奴らはこの大会を台無しにしてでも女王の首を取るだろう。城の中にいるはずの標的がわざわざ自分たちの狩場まで下りてきたのだから。
第五試合は第二試合と第四試合で勝ち上がった勝者が戦うが、第四試合と同様、すぐに勝者が決まった合図が鳴る。待ち時間も与えぬまま試合が始まった。
第六試合。
初戦と打って変わって、ヴェロスの相手となったのは巨漢の大男だった。隆々の筋肉を見せつけ、観客を鼓舞するように大声で雄叫びを上げて煽った。どうやら大会の優勝候補らしい。試合開始の合図と同時に大男は鉄鎖を振り回した。
勝てば決勝戦。まさかここまで試合が進んでしまうとは全くの予想外だ。ヴェロスは覚悟を決めて双剣を抜いた。
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