第90話:引き継ぐ意味
作戦当日前夜。
オスカーとリャンは城を抜け出して、騎士団詰所へと向かった。
月が高くなっても詰所の一室にランプに火が灯っていた。リャンは迷いなくその部屋へと足を進め、オスカーはその後ろをついていく。
部屋の中ではテオと部下が会話している。二人はその会話が終わるまで暫く扉の前で待った。
「では、予定通り」
「ああ。皆にはもう休むように言ってくれ」
「はっ」
入れ違いに立ち去った若い騎士はリャンとオスカーに一礼し、辺りを警戒しながら立ち去った。オスカーは見覚えがあった。剣を持ってまだ間もなかったところに、アリスタとヴェロスにこてんぱんにされた騎士見習いたちの一人だ。しかし、ここ数か月で見違える程に立ち振る舞いと歩き姿が模範的な騎士らしくなっている。
「こんな時間までご苦労なことだ」
「念を入れて置いて損はないからな」
七星卿も女王も寝静まった時間に訪れることを、飛龍の騎士は驚きもしない。
手入れ途中のナイフと剣。幾度となく修正された地下闘技場の地図と通路。編成された部隊の調整をギリギリまで練っていたに違いない。幼すぎる七星卿には相談しえないことだろう。
「テオドロス卿。一つ、大人の話をしたい」
「皆には聞かれたくない話なのか?」
「聞かれても構わん。だが、漏洩することは避けたい」
「聞こう」
テオは淹れたばかりの紅茶を差し出し、二人は椅子に腰を下ろした。
「それで? オスカーがいる、というのはどういうことだ」
「それは僕が提案したことだから」
テオは顔をしかめ、口元にあったカップを下ろした。
「この策略に色を付けたいというのでな」
オスカーは提案を自らの口で説明し、テオの表情は次第に驚きと戸惑いに満ちていく。
そして「そうか」と一言置いて、目頭を押さえた。
「このことを、陛下は」
「知っている。俺は黙っておけと言ったんだが、秘密は持ちたくないと聞かなくてな」
リャンはちらりとオスカーを見下ろし、テオは目を瞑る。
「そのお覚悟の上、か」
「貴殿が躊躇うのも無理はない。確証の薄いことだからな。明日、俺は城に残り、予定通り小評議会の席に座る。それでいいな?」
テオは小さく「ああ」と頷いた。
「…………」
大事な作戦前に、要であるテオに悩みの種を増やしてしまったことに、オスカーは若干以上の後ろめたい気持ちになった。リャンはテオの表情が曇ることなど無視して、地図を眺めながら一服している。
「ごめん」
「どうして謝る?」
テオは困ったように笑い、オスカーはますます罪悪感がつのった。
「だって、こんなこと。もっと後でも」
「謝るのは俺の方だ、オスカー。こんなことを考えるまでに思い込ませてしまって悪かった。俺はどうにもこういう思考は不向きのようだから、申し訳ないと思っているよ。リャンが俺に話すように言ったのも万が一のことを考えてだろう」
目線に気が付いたリャンはにやりと口角を上げた。
「万が一?」
「明日は死人が出る。敵もそうだが、騎士団にも少なからず犠牲が出るだろう。もっと踏み込んでいえば七星卿の誰かが死んでもおかしくはない。特に―――」
その先をテオは続けず言い淀んだが、オスカーにははっきり分かった。
「テオかリャンが、一番危険なんだね?」
敵陣に乗り込む騎士か、謀略の渦中に身を置くリャンか。「敵」にとって護衛のいない七星卿の首を取ることが実質、女王の手足をもいでいくようなものだ。あわよくばその混乱に乗じて、シリウスが狙われ死んでも七星卿の誰かが殺したと罪をなすりつけることもできるだろう。
「そうだ。そうなった時、どちらか引き継がなきゃいけない」
引き継ぐ。
その短い言葉がどれだけの重圧であるか、オスカーは全てを理解することは出来なかった。
「陛下を守り、皆を助けること。そうでなくてはこの国はどうなる」
彼らが見据える先のものを完全に理解していなかったと、オスカーは恥じた。
テオは成功の確率を少しでも上げるために、ここまで騎士たちを鍛え上げ、作戦を詰めていたのだろう。剣を振るフリしかしらない、騎士とは名ばかりの連中をようやくまとめ鍛え上げても、不安は残る。事は武力だけで解決する問題ではなく、まして自分の力では微々たることしかできないのだと痛感した。
「そう不安そうな顔をするな。飛龍の騎士を狙うような輩は骨を砕かれていることだろう」
「それは君の方だろう、リャン」
「否定はしないがな」
「そう、じゃなくて」
子どもをあやすように、隠すように二人は誤魔化そうとしている。前の自分ならきっと騙されていただろう。けれどそれではダメだ。誰かを頼り切りなのは、その人を犠牲にしていることと同じなのだから。そういうことに慣れてしまえば、いつか、僕らはシリウスを同じ目に遭わせてしまう。
「引き継ぐって意味、ちゃんと聞かせて欲しい」
オスカーの言葉に二人は目を丸くして顔を見合わせた。
「きっと僕には大事なことだから」
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