第92話:決勝戦
第六試合。時間を稼がねばと、ヴェロスは体格の違う相手に試合を長引かせた。
しかしあまりに相手が悪すぎる。手首に絡められた鎖を無理にほどいたため、左手首を捻ってしまったらしく力が入らない。
頬に当たった鎖で口の中を切り、血が滲んだ唾を吐いた。
ターバンで鎖を受け止めて身を翻して、剣の柄で額を叩き割ってやったのが功を制した。追撃した目つぶしで相手はふらつき、膝をついた。
男は試合の勝敗を悟ったのか、自嘲気味に笑い、ヴェロスに問いかけた。
「あんたは奴隷じゃないな」
「だったらどうした?」
「目を見れば分かる。どうして俺を殺さない?」
「殺す必要がないからだ」
「だがお前は人を殺してきた目をしているな」
ヴェロスは鞘を大きく振りかざし男の頭を殴り、気絶させた。
観客からまたもブーイングの嵐を浴びせられるが、気に留めている余裕はない。
最後の試合の相手が登場したのである。
試合をあっという間に消化した張本人。その戦士の登場に、角笛とブーイングをかき消す程の歓声が湧き立った。
決勝戦。
その相手の姿にヴェロスは目を疑った。
全身鎧。体格からして小男。
―――いや、子ども? 少年兵か。
アリスタが言っていた魔術を使う出場者というのはこいつか? しかし卑怯な手を使えば法が通じない地下闘技場でも観客から非難の声を浴びるはずだ。
しかしどうだ。平然と立つその少年の登場に、会場は歓声を上げている。
どういう試合をしたか見せられない以上、相手の手の内は分からないが、大方、その小さい容姿に油断し隙を突かれたのだろう。
考えている暇もなく試合開始の角笛が鳴り響いた。その合図と同時に、少年兵は体を弓のように反らせ大剣を振りかざし、ヴェロスの足元に叩きつけた。
「————っ」
―――この子ども!
体躯にそぐわない大剣を素早く奮い、鎧の重さもものともしない身軽さ。
その一連の動きに観客はどっと沸く。
この技でここまで上がって来たのか。ここまでの身軽さを大剣の重さで不意にするようなものだが、これで短剣や片手剣であれば快勝できたはずだ。それをしなくても余りあるこの速さに圧倒され、汗をかいている自分にヴェロスは驚いた。
―――勝たなくていい。試合を長引かせて、相手の体力を削れば………。
「———っ」
首元を掠めた大剣の刃に、ヴェロスは背筋が凍った。
―――いや、そんな余裕はない!
この少年兵が繰り出す剣技に、ほんの少しの違和感を覚えるも、逡巡する余裕すら与えられない。
ヴェロスは闘技場に出るのは初めてではなかった。
女王と七星卿には話すことはなかったが、簡単に引き受けることが出来たのは経験済みだったからだ。言わずとも見抜いた者もいたようだが、些末なこと。
闘技場に出たはのは丁度数年前。目の前の少年兵と同じ年齢だった頃だ。同じ境遇に身をやつしていることに思わず同情してしまうが、お互い生き抜くためならば致し方ないことだ。
死なせずに済むのなら、そうしたい。
相手を気遣う余裕すらなくヴェロスは短剣を抜いた。
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