閑話:献花
今にも降り出しそうな暗雲の下、鐘が鳴り、棺は墓地への道に運ばれていく。
貴族だけではなく、多くの弔問者が訪れた。
十数年という長きに渡りアカシア神殿の大司祭を務め、民にも慕われていた。
献花には想定以上の民が訪れ、神殿の前に長蛇の列を成している。
葬儀にはシリウス、フィオーレ、テオ、アリスタの四人が参加することになった。
シリウスは、ヴェロスが選んだ組み合わせを採用し、シルバーグレイの厚手のドレスにレースを施した黒のローブマントを羽織って、葬儀に参列した。
聖職者の墓場への道はアカシア神殿を出て、王都中央を巡回し、使者の洞穴の裏庭まで続いていく。
リゲルも同行するはずだったが、参列を拒んだためアリスタが代行することになった。リゲルの代わりとなったことに文句を垂れていたアリスタは、終始暇だと欠伸をしていた。
正装に慣れているテオとフィオーレはともかく、素行も含めて体面が良くないと自覚しているアリスタは、髪を編み込み後ろでまとめ、黒地の海賊服を身に着けることで少しだけまともになった。
シリウスは馬上から、悲しげな表情で棺に花を入れる民たちを見て、別の意味で気が沈んだ。
大司祭の本性を知らない彼らにとって、カールハインツは良き司祭だったのだろう。
―――私たちが知らぬふりをしていればいいだけだ。
「陛下、貴方様が気に病むことでは………」
「フィオーレ。私の心まで読む必要はない。
「これは………。無礼をお許しください、陛下」
「一々頭を下げなくていい。私たちは、もう神殿にまで戻らなくていいんだな?」
「ええ、後は棺を墓所に納めるだけですので」
四人は神殿で祈りを捧げた後、墓場への道までを見下ろせる丘の上に馬を走らせた。秋の風が冷たく丘を吹きつけ、リラ(シリウスの馬)が走りたいと足踏みをし始め、シリウスは宥めた。
「しかし、大司祭は民に人気があったとは。ギルガラス王の死も悼み、ひどく嘆いておられたとか。死者を悪くは言いたくありませんが、趣向を知った今では偽善としか思えませんな」
テオは顔をひきつらせて深くため息をついた。
大司祭の本性は、七星卿ではカルマを除いた全員の知るところとなった。
大司祭の部屋にあったものを見て、あのリャンでさえ気分を悪くする程だ。とてもではないが公言できることではなかった。グラシアール教の権威にも関わる上に、混乱をもたらす事態になりかねない。
「墓場に入った奴を今更裁くこともできまい。奴の部屋にあったものは埋葬したか、フィオーレ」
「はい。丁重に」
「そうか、ならばいい」
泥ネズミの中でも脅威だったジョラス・トラッドが死んだ今、王都の治安は多少、改善された。騎士団が王都内の巡回を強化し、物々しい雰囲気が王都に残ることになったが、未だに拭えぬ不安が王都に蔓延っていた。
―――纏わりついて離さない、泥のような感覚だ。
シリウスたちは神殿に背を向けて城へと戻った。
*
城に戻ったのは日が落ちてからだった。
空腹を訴えながら編み込んだ髪をぐしゃぐしゃとほどいたアリスタは、長いローブを引きずる白い妖精の足取りを気になった。
「フィオーレ、本当に体調はいいのか?」
「ご心配させてしまい申し訳ございません」
「大体なんで倒れたんだよ。魔術なんてしょっちゅう使ってるだろ?」
「魔術は仕えても私は魔力が大したことがないので。慣れない魔術を使うと体に影響が出てしまうんです。風の魔術はあまり得意ではなくて」
困ったように笑うフィオーレに、アリスタは自分の額を指さした。
「そうだ! それが俺の頭にぶつかったんだよ!」
フィオーレは目を大きくして首を傾げた。
「おかしいですね、リゲル卿に当たるかと思ったのですが」
「当てるつもりで飛ばすなよ。というか、大司祭の名前だけじゃ意味分からなかった」
「ふん、あいつに当ててやれば良かったんだ」
シリウスは面白くないとばかりに舌打ちをした。
「———ま、あいつに当たってたら、怪我してたかもしれないし」
リゲルに優位に立てたように解釈したアリスタはにやにやと笑みを浮かべた。
「本当はどんな予知をしたんだ、フィオーレ」
「申し訳ございません。私が見たのは、ほんの少し先のことだけ。それがカールハインツ大司祭が見た情景の断片だったのです」
「アルフォンシーノ伯も大司祭の何かを知っているようでした。ですが、その全てを知っているわけではないようで。お力になれず、申し訳ございません」
テオもフィオーレの証言に同意し、己の不甲斐なさを嘆き、恭しく頭を下げた。
「そんなもん、無理矢理にでも吐き出させれば良かっただろうが。飛龍の騎士がきいて呆れるぜ。こんなんだったら俺をアイギアロスに行かせりゃ良かったんだよ」
交渉ごとに関しては絶対の自信を持つアリスタは文句を垂れた。
「言い訳にしか聞こえないだろうが、アルフォンシーノ伯も王国に恨みを抱えていた。先王の粛清を恨み、未だ女王陛下の即位にも納得していない様子だった。数年以上抱える苦しみを、外から来た騎士に打ち明ける程安い方ではないと俺は思う」
アリスタはテオの正統な騎士ぶりを笑い飛ばした。
「はいはい、あんたのポリシーは分かった。それよりフィオーレのパワーでこう、頭の中読み取るとかできなかったのか?」
「それも試しました」
「試したんかい」
「それで分かったのは大司祭のことだったのです。恐らく彼らは旧知の仲だったのでしょう」
「そんなこと、聞いたこともないな」
王都の内情に疎いとこういう時に困る。
カイル・アルフォンシーノの甥、クレイン・アルフォンシーノは小評議会にいるが、彼はその中継ぎをしている様子などない。
「じゃあ、クレインを拷問するか?」
「貴様は野蛮というより安直だな」
血が苦手という致命的な弱点があるくせに、発言だけは海賊のそれだ。シリウスは呆れたがアリスタはきょとんとしている。
「冗談だって。ま、大司祭の趣味を知っていれば、恨みをいくらでも買いそうだ。誰に殺されたってどうでもいいことなんじゃないのか?」
「おい、言葉が過ぎるぞ。アリスタ」
「何だよ。あれを知ったら誰でもそう思うぜ。善人ぶってどうすんだ」
「だからと死者を悪く言うのは―――」
食堂についてもなお、テオとアリスタの口論は続いた。
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