閑話:葬儀の朝
一日経てばすっかり回復したフィオーレは朝食の席に同席し、久しぶりに全員が揃う形で食卓を囲んだ。
限られた時間の中で、テオとフィオーレはアイギアロスで知ったことを皆に話した。
ジョラス・トラッドについていた青年サンディの正体が、騎士イリド・ローレスの息子であり、先王ギルガラスにより処刑され命を落とした騎士の子どもである彼は、王を憎む理由がある、と。
シリウスはスープをスプーンですくったまま、考え込んだ。
―――彼らを排除するだけでいいと、思っていたが、浅はかだった。
父親を殺されて復讐のために剣を取り、王にその刃を向けようとしているのならば、それは………。
もし、理不尽に自分の家族が殺され、それが十年以上復讐心を抱えたままで、私は正気を保っていられるだろうか。
親の顔を知らない私が考えたところで実感が湧くわけがない。例え玉座を追われ、この場にいる彼らを失っても、嘆き悲しみこそすれ、恐らく乗り越えてしまう未来の自分がいることは容易に想像できる。深い情を持つほどに彼らと交流したわけではない。
今は共闘せねば、互いに生き延びられないから、依存しているにすぎないのだろう。祖国の有事があれば、あるいは王国と対立関係となれば、あっさりと裏切られても仕方ない。
―――仮初の関係でも、居心地がいいと思ってしまうのは、何故なのだろう。
シリウスは食事の手を止めたまま、何度も思いを巡らせ、答えは出せないままだ。
「陛下。お疲れでしょうが、お食事は摂りませんと」
心配そうに様子を伺うフィオーレに、シリウスは自分の手が止まっていることに気が付いた。
「分かっている。フィオーレこそ、昨日の今日で大丈夫なのか?」
「ご心配お掛けして申し訳ございません。三日も寝ていたなんてお恥ずかしい限りです」
フィオーレは恭しく頭を下げた。
「私もまだまだですね。それに、今日は私が行かなくてはなりませんでしょう」
「ああ、そうだな」
葬儀に出ることがこんなにも憂鬱だとは思わなかった。
朝から血相を変えて慌てているオスカーは、シリウスの喪服の準備をしていた。
「もういいんじゃないか、紺色で」
途中まで付き合っていたアリスタも面倒になったのか、思考を放棄した。
「ダメだよ! ああ、すっかり忘れてた。今から仕立て屋に作ってもらうわけにはいかないし! 何で昨日のうちに気が付かなかったんだろう!」
高貴な身分の女性であれば、礼装はいくつも用意されているのが当たり前だ。
しかし、衣服に関して無頓着なシリウスと、男ばかりでは気が回らないことだってある。
「私に八つ当たりをするな。黒のシャツとズボンがあるからいいだろう」
「あのズボンは訓練用でしょ! だからあれ程、女中を採用しようって言ったのに!」
「おい、ここに持ってくるな」
オスカーはシリウスの部屋にあるクローゼットの服を食堂で広げ始めた。二十着程のドレスやシャツだが、そのほとんどが袖を通していない。
「僕はもう考えるのを諦めました! 多数決で決めよう!」
「僕、これがいいと思う」
カルマは嬉々として花柄のフリルドレスを指さした。
「これは却下!」
「ええ? キレイだよ」
「キレイでも王国の葬儀は黒って決まってるんだよ。シリウスの服、黒い服、まともなものが一着もないんだ」
フィオーレとリャンは並べられたドレスを見て首を傾げる。
「落ち着いた色合いならばいいのではないでしょうか?」
「ほう、王国では葬式は黒と決まりがあるのか」
王国、紅の国、青の国は喪に服す時には黒色を主流として身に着け参列するのが通例だ。
しかし他の小国ではそもそも衣服の文化が大きく違うため、七星卿のほとんどは馴染みのない服を見せられてもアドバイスも何もできなかった。
「小国では決まりはないの?」
「白の国では葬儀は神殿で執り行いますので、白の礼装が主流ですね」
「黒の国では衣服は関係ない。ただ、金色のものを体に身に着ける。首飾りでも耳飾りでも。意味は知らんが。橙黄の国の葬儀は一風変わっていると聞いたことがあるが」
無言でドレスを品定めするヴェロスは突然話を振られ、
「頭から砂を浴びる。神官たちは頭に獣の被り物をする」
「え、やだ。痛そうだし怖い」
カルマは顔を青くさせて首を抑えた。
「ただの作り物だ、本物じゃない」
「なんだ、よかった」
「千草の国は?」
紅茶をストレートでごくごくと飲み切ったアリスタはふむ、と何かを思い起こしていた。
「俺んところはそもそも葬儀なんてしないぜ。海神に捧げるために、焼いて灰にして海にまいておしまいだな。死んだ奴の財産全部使って、一日中飲んで、豪勢な肉を食う。これが鉄板だな。俺のじいちゃんの死んだ時が、海賊史上で一番大変だったらしいぜ。十日かかっても使いきれなくって、そんで面倒になって、あちこちの家に財宝をぶん投げたんだ」
アリスタは力の入った投擲のフォームを見せて、一同は顔をひきつらせた。
「豪快というか雑というか」
「天災に近いな」
「野蛮だね!」
テオ、ヴェロス、カルマは口々に批評するがアリスタはけろりとしている。
「ちなみに生誕祭もしない。暦なんて見てないからな。王都に来て知った時は驚いたぜ」
「ええ?」
年を重ねるという概念がないからこんなにも言動が幼いのだろうか、と思ったが黙っておくことにした。
「ほら、シリウスもちゃんと決めて。僕とリゲルは小評議会に行かなきゃいけないんだから。リゲルも!」
リゲルはとっくに食事を済ませて、討論に参加せず、無視を決め込んでいた。優雅に食後の紅茶を飲んでいたが、半ば無理矢理オスカーに引っ張られた。
「どれでもいい。別に………」
「———ならばお前が着てみるか? 私よりよっぽど似合うぞ」
シリウスはカルマが選んだ花柄のドレスをリゲルに遠目で合わせてみた。
「あ?」
リゲルは持ち手が折れる勢いでティーカップを皿に叩きつけた。
「ああ、もう! 朝から喧嘩しないで」
朝から声を張りすぎてしんどくなったオスカーは、そろそろ胃に穴が空くんじゃないかと思い悩み始めていた。
「行くぞ、オスカー」
「え、もうそんな時間?」
オスカーは行儀悪いと思ってもテーブルにあるスコーンを口に頬張って冷めた紅茶を流し込み、リゲルの後に続いた。
「皆で決めといて! 絶対おかしいのにしないでよ! いいね?」
戸惑い力のない返事をする残された七星卿に、オスカーは念押しした。
「いいね!」
「分かったから行ってこい」
シリウスは「しっしっ」と払う仕草をした。
「あいつ、段々図々しくなってきたな」
「良い傾向ではないですか」
とフィオーレはくすくすと笑った。
小評議会が催される広間へと足早に向かうリゲルに、オスカーは頬を膨らませた。
「もう、リゲル。少しはアドバイスしてよ。王国のしきたりに詳しいの、テオとリゲルだけなんだから。もしカルマの選んだ花柄になったらリゲルのせいだから」
「あいつが俺の言うことを聞くと思うか?」
「それは………。そうなんだけど」
それに、とリゲルは続けた。
「どれを着ても似合うなら、誰も気にすることはないだろう。女王なら尚更な」
照れもせず、淡々と答えを出したリゲルに、オスカーは深いため息をついた。
―――それを本人に言ってあげれば、二人の関係も少しはいい方向に行くと思うんだけど。
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