第83話:葬儀の裏

 大司祭の葬儀は、昼過ぎとなる。

 地平線に太陽が沈む時、女神グラシアールが魂を共に連れて行くという風習のため、葬儀は昼から夕方の間に行われることが通例である。

大司祭の葬儀には小評議会のいつも以上に早い時間に小評議会が催されることになり、オスカーはシリウスの喪服の準備とリゲルの同伴で城の中を駆け回っていた。

―――昼食食べる暇がない!

葬儀の準備もあって司祭長たちは欠席だったが、珍しく魔法長のハロルド・グリッダーが出席していた。滅多に小評議会に顔を出さない魔法長はてっきり白いひげを伸ばした世捨て人のような老人を想像していたのだが、髪をオールバックにした爽やかな中年男性だった。オスカーは初対面であったため、挨拶を交わした時に袖から覗いた複雑怪奇な模様の入れ墨が見えた。確かに魔術を扱う者が集まる学堂の学長らしい。 

しかし、彼もまた件の割符のついた酒樽を購入していた小評議会数名のうちの一人だ。

 泥ネズミが関与していた酒だと分からず買っていた者もいるだろうが、それもまた無関係と言える証拠もない。疑い出したらキリがないのだが、オスカーの隣を歩くリゲルは装っているのではなく、本当の意味でいつでも平然としている。

 アリスタがちょろまかした酒屋の帳簿に書かれた名前。

 魔法長ハロルド・グリッダー。

 陸軍大臣トマス・カルタス。

 大蔵大臣カナリー・プランプトン。

 司祭長ミカエラ、ジェルナ。

 今すぐにでも糾弾すべきかもしれないが、今は城内、諸侯との間で事を荒立てないとしている以上不用意な発言はできない。そして今ここで彼らと軋轢を生むわけにも行かない。

 オスカーは呑み込んで小評議会で書記の席に着いた。

 王国の冬は厳しい。その備えのため王都は各領地、小国から王都に運ばれる小麦、大麦、芋などを仕入れる。食糧だけではなく薪や石炭も冬の寒さを乗り越えるためには必要だ。

その秋の間、小評議会は幾度となく開かれる。

 諸侯たちは毎年のことで慣れたものだった。今年は小国から届く物もあり、飢え死にすることはないだろう。手持ちの羽ペンを四つだめにする程に羊皮紙に数字を書き連ねたため、オスカーは手がすっかり痺れてしまった。葬儀がなければまたアリスタとヴェロスに剣に付き合わされていただろう。

 小評議会が終わり、ほとんどの諸侯は葬儀参列のために足早に城を出て行った。

「オスカー殿。先ほどの紅の国からの船のことなのだが―――。ああ、随分とお疲れのようだな」

 後始末をするリゲルを壁にもたれながら待っていたオスカーは不意に声をかけられた。

「ディック候こそ」

レイニー・ディックはこのところ苦労ジワが増えたようで、目頭を押さえた。

「いや、何。小国のいざこざに振り回されておりましてな」

「いざこざ?」

「陛下にも前々からご協力頂いておりましたが、紫の国が統合する代わりに金銭的援助を求めて来まして………。先日ようやく青の国と話がまとまったばかりですが、なにせカルマ卿はまだ幼い。とにかくあの国が何を考えているやら、私には理解できないのですよ」

 ヒステリックな書簡を一方的に送り付けてきた青の国の太后ネーヴェに、リゲルが直接返答したことで、事態は一旦収まった。七つもの小国を抱えることは王国の権力を増大させる一方で、各小国からの援助要請やら女王即位前の目通りなど、七星卿を通さずに来る書簡が多すぎる。

 女王即位後はこの比ではないだろう。

「紅の国の船がどうかしましたか?」

「ああ、そうでした。実は青の国との航路が同じ故、数日遅れて出港するよう書簡を送ったのですが、どうも海上で鉢合わせしたらしくて」

「それは、困りましたね。テオドロス卿とリゲル卿には僕から伝えておきます」

「そうしてくれるか」

「反対されるかもしれませんが、七星卿の誰かもディック候に手伝うよう提案しましょうか?」

 とは言っても、年長者のテオは騎士団に付きっ切りだし、リャンはきっと外交に対して真面目に向き合わないだろう。正直に言えば当てがあるわけではなかった。

「頼もしいことだが、今は小国出身の誰かに任せれば角が立つだろう。私としてはリゲル卿を推薦したいところだが」

「俺がどうかしたか?」

 用が済んだリゲルは不機嫌そうにオスカーとディックを見て、ディックは恭しく頭を下げた。

「ディック候、ヘクトル・グリシアを見なかったか? ここ数日姿を見かけない」

「いえ。存じ上げませんな。またどこぞの書庫にでも籠って寝ているのでは?」

 いつものことだと、ディックは微笑して、それではと去っていった。

 リゲルの質問にオスカーも多少は慌てた。

「まさか、トニトルスから帰ってきてから会ってないの? 図書館にもいないんじゃ、あてがないよ。どこかに旅行とか?」

 アイギアロスの家系、そしてギルガラス王の処刑のことを少しでも調べるために、僕らはヘクトル・グリシアを多少は当てにしていたのだ。

「それは………おかしいね」

「奴の家にも帰っていないらしい。まあ、三日と図書館に籠ることもあるらしいからな。そのうち姿を現すだろうが、そうも言ってはいられない。いらん時はいるくせに、必要な時にはいないなんて」

 朝の小評議会、そして葬儀が終わった。

 葬儀の間、オスカーとリゲルはグリシアの家を訪ねたがやはり留守で、彼の使用人もそろそろ騎士団詰所に駆けこもうかと考えていたらしい。変わった様子も特になく、いなくなる前夜もいつも通り夜通し書物を眺めては高笑いしていたとか。十分な奇行だとは思うが常人ではないヘクトル・グリシアにとってはそれが日常なのだろう。

 事件に巻き込まれている可能性は捨てきれない。

 


葬儀を終えたシリウスたちは食堂に入った。冷めた残り物では具合が悪いとヴェロスとオスカーで簡単な夜食を用意したらしい。しかしそこにはぐったりとしたオスカーだけが残っていた。テーブルに突っ伏したままオスカーは疲労のあまり唸っていた。

 夕方から急遽また開かれた小評議会のせいで、腕が全く動かなくなったと、嘆いていた。

「温め直してくれたのか、オスカー」

 テオは暖炉の火にある鍋を見て感心した。

「俺もちょっと食ったら寝るわ」

 アリスタは欠伸をしながらそこらに脱ぎ散らかして肩を回した。

「フィオーレも疲れたでしょ。紅茶淹れようか」

「ああ、そんな。構いませんよ、オスカー殿もお疲れでしょう」

「私にも一杯くれないか?」

 シリウスはアリスタのように脱ぎ散らかしこそしなかったが整えた髪をガシガシと乱暴にほどいて、淑女とは言えぬ立ち振る舞いで椅子に座った。

「陛下、オスカー殿。お二人にも心当たりがあれば教えて頂きたいのですが」

 フィオーレは人数分の紅茶を淹れて四人に問いかけた。

 断片的に見えたカールハインツの記憶がずっと引っかかっているのだという。

「女性の姿が見えたのですが、私も存じ上げない方でした。もしかすると、もうご存命ではないのかもしれません」

「女性? 王都にいるのか?」

「それも定かではないのです。その女性が馬車に乗って揺られていて、どうもその光景は誰かにとって強く、意味があるものらしく」

「意味?」

「強い誰かの感情が私の中に流れ込んできたのです。それが彼女なのか、それともそれを見た誰かなのか………」

 歯切れの悪い言葉の繋ぎ方に、フィオーレ自信も苦戦していた。

「そんな御託はいいから、特徴言えよ。年齢とか見た目とか」

「スカイグレーの瞳をした利発そうな若い女性です。十八歳、くらいでしょうか。恐らく貴族の方かと思います。質素ではありましたが上等な布地を使った服を着ていらっしゃって。御伽話の書物を大事そうに抱えていて」

―――え、あれ? ちょっと待って。

 突っ伏したままのオスカーは思わず顔を上げた。

「それ、僕知っている人かも」


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