第17話:女王暗殺計画(3)


給仕、料理人と接し、かつその場にいながら食事をしなくて済む立場の者はオスカーただ一人。彼らが疑って然るべきなのだ。

「こいつにそこまでの知識と度胸があるとは思えないけどなあ」

「首謀者でなくとも協力者である可能性は十分に高い」

 つまらないとばかりに横目でにらむアリスタ。

 オスカーに最も近い席にいたヴェロスはつかつかとオスカーに近づき、首の後ろを掴み床に叩きつけた。

「―――っ」

そして慣れた手つきでオスカーの腰にあるナイフを取り上げてリャンの方へ投げた。リャンは鞘を躊躇いもなくナイフを指先でなぞり、舐めた。

「ふむ、毒は塗られていないな」

リャンはナイフをテーブルに放り投げた。

「オスカーは悪い人じゃない! 皆も知っているじゃないか!」

大人しかったカルマがオスカーとヴェロスの間に割って入るが、アリスタに襟首をつかまれ席に戻される。

「子どもは黙ってろよ」

「―――っ」

 カルマはその恐喝に恐怖の色を浮かべた。ほんの少し前まで楽しく会話していたことが嘘のように、空気が重く淀んでいく。

「もうよせ、陛下の御前で争うなど」

 テオドロスから引き剝がされたヴェロスは、オスカーを不審な目で見下ろしたままだ。

 騎士は皆を見渡した。

「どの席に座るかわかるのはオスカー殿だけではない。それは我々も同じことだろう。少し考えれば分かることだ。誘導尋問やましては力でねじ伏せるなど、貴族としてもってのほかだ。彼は利用されただけじゃないのか? それに女王陛下の側近である彼を疑う理由がどうしてある?」

 リャンは鼻で笑い、口角を上げた。

「流石、騎士殿らしい回答だ。ここまでくると狂信者と大差ない。しかし、王の命を狙うには側近こそ抱き込むことが常識だろう。毒という武器を使われたのならば真っ先に疑うべき対象だ」

「やだやだ、陰謀の国はこれだから」

 アリスタはうんざりだとその話題に飽きたと食堂の扉へと歩いたその時だった。


「いい加減にしろ!」


長い問答の中で感情を押し殺し沈黙を貫いていた女王は、銀器のナイフをテーブルに突き立てた。

 カルマを除く六人の七星卿は物音に振り替えるような反応しかしない。たかが少女の怒号で驚く彼らではないのだ。

「オスカーが毒殺? たかが皿を運んだ程度のことでよくもそこまで妄想が広げられるものだな、リャン卿」

「可能性が高いという話だ。女王が庇うことも織り込み済みでオスカーこいつに仕込ませることも容易だったろう」

「―――貴様は口先だけで犯人を断定するのか」

 どこまでも冷静に受け答えするリャンに対し、シリウスは怒りに震えている。しかしリャンにその怒りは通じないだろう。

「陛下、自分はあくまで可能性がある者を指摘しただけです。動機も証拠もございませんが、陛下への忠誠が確かなら早々に分かることでしょうな。愚弄するつもりはないですが、陛下とオスカー殿の間に忠誠があるとは自分にはとても―――」

「黙れ、リャン卿! 私を侮辱するなら―――」

 シリウスは席を立ち、リャンの眼前にレイピアを向けた。

 リャンはわざとらしく頭を下げた。王様ごっこに付き合うように、「これは大変失礼を」と口を押えた。


「リャン卿、黙る必要はない」


 凛と通った冷たい声。

 シリウス同様、長い間沈黙を貫いていたリゲルがようやく口を開いた。

「貴様まで私に命令するのか?」

 金色と薄氷色の目が交差する。

「ディック候から再三忠告されただろう。早々に即位すべきだと。俺たちに命令する権力は今のあなたにはない」

 リゲルはつかつかとシリウスの前に立った。頭も目線も下げず、その態度には敬意の欠片もない。

「―――私を怒らせたいようだな、リゲル卿」

「あなたがどのような感情になろうが知ったことではない。俺はただ、疑わしい人間を放置し、自らに権力があると思い込み弱者を丸め込む方法が気に食わないと言っているだけだ。玉座に就く前にその傲慢さを改めるべきだな、女王陛下」

 リゲルの言葉は背筋が凍るほどに刃のように鋭く、しかししなやかで流麗。

「リゲル卿、陛下に対して無礼が過ぎるぞ!」

「無礼は承知だ、テオドロス卿。首を跳ねたければそうすればいい。だがこの状況と女王が権力で側近の無実を押し付けるのは無関係だ」


―――このままじゃ………。


 ようやく繋いだ女王と七星卿(かれら)の間の関係が崩れてしまう。それも自分の側近を庇うことで。彼女にばかり前に立たせて、盾にして。それでいいのか?

 彼女は守り続けている。僕と彼女自身が立てた約束を———。それなのに僕は、今この場で釈明する言葉も力もない。

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