第18話:女王暗殺計画(4)


「―――皆の、言う通りだ」


「―――っ、オスカー!」

 蒼白したシリウスはオスカーに目を向ける。不安と驚きに満ちた彼女の表情は、七星卿からのオスカーの嫌疑をより深めることになった。

「身に覚えのないことでも、この中で一番怪しくて疑われてもおかしくないのは僕です。事を収めるために牢に繋いでも、無実の罪で裁かれても構わない」

 女王シリウスに権力を説いておきながら、一度怪しいと思った者へは弁解の余地も与えないし、容赦もしない。腐っているかどうかも確かめずに果物を捨てるのと同じだ。

 そっちがその気なら―――。

「でも、本当の首謀者が今も僕らを狙っているのだとしたら、それこそそいつの思うつぼだ。だから、あなた方が必ず女王陛下をお守りすることを誓ってください。今、ここで!」

 命を代償に交わされる契約は、総じて「誓約」と呼ばれる。先王ギルガラス並びに歴代のベルンシュタイン王家の死の淵に神に捧げる言葉、主君と騎士の忠誠の証、夫婦の契り。およそ一生を秤にかけ、宿命とさえ義務付けられる契約だ。

 オスカーの言葉に皮肉屋のリャンも鉄仮面のヴェロスも冷血なリゲルも、驚愕していた。

「お前は騎士でもなければ王でもない。資格もないお前が誓いを簡単に口にするな」

「躾がなっていないな。同じ船に乗っていたら海に放り投げているぜ」


―――やっぱり………。


 力を持たざる者の戯言など、彼らを一時驚かせることができる程度なのだ。


「皆様、落ち着いてください」


 煙をさらう風のように、全てを洗い流す波のような声音。決して大きくはないのに何故皆を振り向かせるだけの力がその声には宿っているのだろう。

 フィオーレの一挙手一投足に、本能的に誰もが目を離せなくなる。恐らく彼自身も自分の力を理解しているのだ。そうでなければ、このタイミングで言葉を発することもなかっただろう。女王謁見の際にリゲルとアリスタの諍いを止めた時のように、彼の説得はいつも遅れてやってくる。

「口外無用、穏便、中立。今求められる解決策はこれしかなく、そして木の実だけではこの場で答えは出ません。それにこれ以上に事態をややこしくするわけにも行かないでしょう」

 誰も反論はしなかった。リゲルや、リャンでさえも、だ。

「そこで提案なのですが、こういうのはいかがでしょう?」

 フィオーレは仔ウサギのように首を傾げて、両の手の指先を合わせた。

無作為に選ばれた二名で女王の護衛につくこと。

「二人?」

「共謀を防ぐためです。陛下がお選びになれば意図せずそれも防げるでしょう。連れ添って頂ければ対外的にも小国、王国へも示しがつきましょう。陛下に甘言を唆す可能性も同時に防げます」

これ以上、朝食に時間を割くわけにはいかない。内側からの扉を開けることを禁じられているとはいえ、そろそろ扉の外の使用人たちも怪しむ頃だ。

 フィオーレの提案に皆否定はしなかった。

「人選はどうする?」

「そこは毎日陛下に決めてもらう方が良いだろう。陛下、ご命令頂ければ我々はそれに従いましょう」

「………」

「陛下?」

 一瞬、シリウスは動揺した。その揺らぎは十歳の少女そのものだ。しかしまたいつもの女王の顔になり、少女の表情に気づいた者は少なかっただろう。

「皆の総意を聞こう。この提案に反論がある者は?」


 アリスタとヴェロスは粘っていたが、最後には渋々同意した。

 女王と七星卿の間の密約という名の妥協案は食堂で静かに交わされる。

 幼い女王の命を狙う闇がすぐそこまで忍び寄っていた。


 

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