第16話:女王暗殺計画(2)
自分は女王の側近、身の回りの世話をするだけに過ぎない立場なのに。女王自ら声をかけてもらうなど分不相応である。口には出さなくてもカルマを除く七星卿の視線が集まっているのは分かる。
「陛下、お心遣い感謝いたします。しかし自分は陛下と七星卿の皆様のお食事を見守らせて頂いた後で満喫させて頂きます。お気になさらず召し上がってください」
我ながら完璧な従順な対応である。
シリウスは納得していない様子であるが、互いの立場を守るため分かってほしい。
オスカーはシリウスが自分から目線を外したことを感じ取ると安堵のため息をついた。
「それでは、フィオーレ。祈りを」
「かしこまりました、陛下」
全員がグラシアール教の信徒ではないため、黒の国出身であるリャンだけはその祈りには参加しなかった。
「偉大なる女神グラシアールよ、大地の恵みを授けて頂いたことに感謝いたします」
古くから伝わる祈りの言葉は、元来十数節に及ぶものだが今は略式が主流となっていた。フィオーレもそれに習い、温かい食事の前では時間を取らないようにしていた。
朝食に用意されたのはバケット、ハト麦と豆と芋のスープ、朝の市場で仕入れた鶏肉のソテー。バケットはアリスタの好物だった。正確には好物になったと表現すべきだろう。王都で初めて食べた時はその店のバケットを買い占めたらしい。案の定真っ先に焼き立てのバケットにかぶりついた。
「待て。皆、銀器を置け!」
口を開けば皮肉しか言わないリャンが声を荒げた。カルマは驚きの余りスープをこぼし、シリウスはナイフを落とした。
「どうした、リャン」
リャンは皿に盛られたソテーから目を離さずに続けた。
「ヴェロス卿、アリスタ卿の口にあるバケットを吐き出させろ」
「了解した」
ヴェロスは迷わずアリスタの首の後部を叩きつけ、口いっぱいに頬張っていたバケットを吐き出させた。アリスタは盛大に咽たが、反論しようにも呼吸を整えるのに精一杯の様子だった。
リャンは構わず続けた。
「この肉料理を作る時にいた給仕は誰だ、オスカー卿」
オスカーは突然の名指しに心臓が跳ね、声が裏返った。
「えっと、厨房にはロッドとユーティスが。先王の時からお仕えしている料理人で―――」
「料理人ではない。給仕は誰だ? この木の実を乗せたやつは?」
赤く小さい木の実。肉料理に添えてあることなど珍しくない。
「給仕は数名の女中と自分ですが………」
「これはサジャと呼ばれる木の実だ。これの果汁が体内に入るとこうなる」
リャンはナイフを肉に突き立てサジャの実の果肉をつぶした。全員に見えるように皿を傾けて見せつけた。それは数秒と立たず変容し、その場にいる全員を驚愕させた。
「―――っ」
鶏肉は音も立てず果汁がかかったところからじわじわと黒ずんでいったのだ。腐る、のではない。これは炭化している。
「サジャの実は速効性の猛毒を持つ。見ての通り、肉を圧縮させ変色させる。これを熟成し固めたものを時に歯の裏に隠しておき、自決に利用する。少量であればその効果は遅く、じわじわと締め付けられる苦しみを味わうことになる」
ただの甘酸っぱい木の実にしか見えないが、目の前で肉が爛れて変色するところを目の当たりにすれば信じるしかない。
誰かが、女王か七星卿を毒殺しようとした。いや、もしくはそのどちらも、か。
シリウスも、七星卿も驚愕と動揺の表情を隠せないでいる中で、リャンだけは慣れた口調で語り続けた。
「オスカー卿、この肉料理は誰がオーダーした?」
「自分です」
「毒見の後に給仕に運ばせたのは?」
「―――それも、自分です。ま、待ってください!」
リャンの真意に気づいたオスカーは慌てた。
「サジャの実が乗っている皿は三つ。陛下と俺とテオドロス卿。つまり貴殿には給仕へ指示することも、自分の手で乗せることも可能だった。そしてどの席に皿を置くべきか唯一分かっている。毎朝食事をしていなければ知るはずもないことだ」
七星卿全員の視線がオスカーに集まった。
―――皆……僕を、疑っているのか。
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