閑話:燕の巣(4)

 しかし常識的な年長者である騎士はこの勝負に待ったをかけた。

「アリスタ卿、無礼が過ぎるぞ。淑女に、それも女王陛下に剣を向けるなど。陛下もお辞めください。万が一お怪我でもされれば」

 シリウスはローブを脱ぎ、それをカルマに押し付けた。

「止めるな、テオドロス卿。私が負ければ女王に勝ったアリスタ卿にも箔が付くだろう。無論、負ける気は毛頭ないがな」

―――何て無茶苦茶な理屈だ。むしろ、女王と臣下の不毛な勝負が城内に広まるだけなのではなかろうか。

「オスカー、陛下の側近である君が何故止めない」

 テオドロスは何か勘違いをしているが、シリウスは別にオスカーの言うことならば何でも聞くわけではない。ほんの少し耳を傾けるだけなのだ。

「勝負ごとには口を出すな、と前々から言われていまして。僕が言ったところで陛下のお心は変わらないかと―――」

「しかしだな………」

 困る騎士に対し、シリウスは約束を守る従順な側近にご満悦だ。

「野暮なことを言うなよ、騎士殿。俺の故郷じゃ女も戦う。海賊も従えるんなら『淑女』らしさとやらは捨てるんだな。騎士道(そっち)に倣うつもりはないぜ」

 アリスタは自分の剣をシリウスに投げ、彼女はそれを軽々と受け取った。慣れた手つきで剣を振るい、両の手で感触を確かめている。

「陛下は随分と腕が立つとのお噂だ。自分が仕えるに値するかどうか確かめるいい機会じゃねえか。邪魔すんじゃねぇぞ、ヴェロス」

「お前は誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けないと気が済まないのか」

 ヴェロスは汗をぬぐい、手の空いたアリスタに剣を投げて渡した。

「お子様には刺激が強すぎるから退場していいんだぜ、カルマ」

「ぼ、僕は別に怖くない!」

 ふんす、と胸を張ったカルマにアリスタは「褒めてつかわす」と頭を撫で、カルマはご満悦のようだ。

「…………」

 自分のお気に入りが懐柔されているのを目の当たりにして、シリウスに機嫌は最高に悪くなった。

―――女の嫉妬は怖いとは聞くけれど。

 じっと睨みつけるシリウスの視線、これはもはや殺意だ。オスカーは思わず安らかなれと両手を合わせた。

 睨みつけられている張本人は全く気にも留めず、意気揚々と袖をまくる。

「陛下の愛用はレイピアでしたっけ? この模造剣では勝手が違うでしょう。ハンデをあげても構いませんよ」

「淑女扱いしなくて結構。貴殿こそ、獅子の剣シャムシールでなくては心細いのではないか? 獅子の力を借りなくては海賊の本領を発揮できまい」

―――この女王様は煽らないと気が済まないのか。

 アリスタの挑発にやり返しただけだろうが、聞いているこちらが肝を冷やしてしまう。

 獅子の剣は千草の国、特に海賊が使う湾曲した刃を持つ「獅子の尾」を意味する剣である。船上で戦う海賊にとって獅子の剣は軽量で手入れがしやすいのだろう。また千草の国の海賊の長たるチャービル家の家紋は獅子だ。

 武器武具の持ち込みを禁じられた七星卿にとって、模造剣は使い慣れないものだ。

 しかしアリスタにとって挑発は大好物。戦う前のよいスパイスだ。

 ぎらつく若葉色の目、ついと上がった口角。愉快で仕方ないと恍惚な表情。まさに得物を前に舌なめずりをする獅子だ。

「お気遣いどうも、陛下。ですが、子ども一人泣かせるのには模造剣これで十分」

「その年下の小娘に負ける言い訳を今のうちに考えておくことだな、アリスタ卿」

 若き海賊と幼すぎる女王は互いに剣先を向け合った。

 剣士同士の闘いにおいては互いの剣を構え、礼をして数歩下がる慣わしであるが、その作法も何もあったものではない。負けず嫌いがぶつかると、こんなことになってしまうのか。

「仕方ない。危ないと判断したら俺が止めに入る」

 だから心配しなくていい、とテオドロスは見守るオスカーの肩に手を置いた。

 そして海賊と女王の模擬試合が始まった。


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