閑話:燕の巣(3)

 現騎士団団長ジョナサン・クレベインは老齢のため後継者に悩んでいた。娘が六人生まれたクレベイン家は娘たちの嫁ぎ先の圧力に板挟みなり、腰と頭を痛めながら後継者を決めなくてはならなかった。孫たちは団長を務めるには幼すぎるため、いつまでも団長の座に居続ける他なかった。しかし名高い飛龍の騎士が七星卿に着任したことで、適任者として推薦し、早々に退団の準備をしているとの専らの噂であった。

「だが未だ小評議会は渋っている。いつまでも腰を痛めたご老公に団長をお任せするわけにはいくまい」

 思いがけないアリスタの煽りを真に受けたシリウスとテオドロスは真面目な返答をした。

「陛下のご命令であれば、不肖テオドロス。ココアニス家の名に誓い、お引き受けする所存です」

 騎士は恭しく、そして自然にシリウスの前でお辞儀をした。模範となるその所作に一同感嘆の声を漏らした。オスカーの後ろに隠れていたカルマも思わず身を乗り出した。

「あれが正しい臣下というものだ」

「ああ、はいはい」

 見習え、というヴェロスにアリスタは面倒だと聞き流した。

 しかし当のシリウスは礼儀など気にしていないようだ。

「貴様らが何故この燕の巣を占拠しているのか、答えてもらおうか」

「騎士の箱庭で魔術がまともに行使できるのはこの燕の巣だけですからね。外で使うとどこの誰から文句言われるか分かったものじゃない」

「先日、部屋で暴発させたからな」

「ちょっと、ヴェロスさん? それは言わないって約束したでしょ」

「お前の安い買収で俺の口留めができるとでも思ったのか?」

 ヴェロスは自分の目と同じ色の鉱石を手のひらに出して見せた。まだ磨かれていない鉱石だがおそらく翡翠だろう。

「口留めできないならそれ返せよ!」

 発展途上だから仕方ないとアリスタは主張するが、ヴェロスは首を横に振った。

「お前は何もかも大雑把すぎる。それに俺よりもリャン卿かリゲル卿に習った方がいい」

「普通に断られましたけど?」

 確かに善意だけで魔術を教えるような二人ではない。

 成程、狭い閉鎖空間で暴発されるよりは丈夫な鍛錬場を選んだのは賢明だ。

「———魔術、皆使えるんですね」

 身近に魔術を使えるのはオスカーの周りではシリウスだけだと思い込んでいた。オスカーの問いにテオは歯切れの悪い答え方をした。

「魔術を使う力は血に宿ると言われているからな。名家と呼ばれる血を継ぐ者なら魔術の心得があってもおかしくはない。ただ、魔力を持つ血筋を持つ家系そのものが少ない故、使用できる者に限りがある。それに………」

「それに?」

「いや、魔に通ずる者は、王国では好まれない。ひけらかすことは疎まれると聞いた。黒の国出身のリャン卿ならば詳しいだろうが」

 魔術においては陰謀渦巻く黒の国に勝る国はないと言われている。その実、リャンは医術に似た魔術に長けており、見たことのない道具や薬を常備していた。

 フィオーレのような女神の力から派生した巫女シャーマンたちが脈々と受け継ぐ由緒正しい魔術の系譜と異なり、黒の国が好んで使う魔術は俗に黒魔術と呼ばれている。故に黒の国は忘れられた者インドーレと蔑まれ、王国から真っ先に見放された小国なのである。

「テオドロス卿も使えるんですか?」

 最強の騎士が魔術まで使えたらそれこそ無敵ではないだろうか。

「俺は魔術を好まない。それに父も祖父も魔術には触れてこなかったからな。紅の国エカルラートは元より魔術の文化がないんだ」

 騎士の勝負事に魔術を行使するのは卑劣な行為。故に生粋の騎士の家系であるココアニス家からは魔術そのものを廃したという。

「知りたいのか? 魔術のことを」

「興味半分、ですかね」

「そうか。魔術に疎い俺が言うのもおこがましいと思われるかもしれないが、興味であってもやめておいた方がいい。あれに関わるのは人生や価値観を変えることになる」

何かに思い至ったテオドロスはアリスタに尋ねた。

「まさか、騎士見習いたちの勝負にも魔術を使って勝ったのか? アリスタ卿」

「いやいや、俺の実力なら、そんなもの使わなくても勝てるんだなぁ、これが」

「一人で勝った気になるな」

「まあまあ、ここは俺一人でやったことにしておけば、女王陛下からのお咎めもないって」

「そうか、それもそうだな。女王陛下、テオドロス卿。事は全部アリスタ卿の独断で行ったことです」

 ヴェロスはあっさりと責任転嫁をさせて、シリウスに深々とお辞儀をしてアリスタの後ろに引き下がった。

「お前、言い方………」

 ヴェロスはアリスタの扱いが巧い。

 ふむ、とアリスタは鍛錬用の木製の模造剣を手で遊びながら思い耽り、何か思いついたようでにやりと笑みを浮かべた。

「陛下へのご紹介も兼ねて、どうです? お手合わせ」

 ろくなことではない、とその場にいる一同は察してはいたが案の定だ。

「———面白い。いいだろう」

 そして更にことをややこしくするのはこの女王の天賦の才だ。

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