閑話:燕の巣(2)
半地下の構造になっており、冬場でも剣試合を見られるようにと、先々代の騎士団長就任の記念に増築された鍛錬場である。玉座の間と同じく天井高く、強い日差しも雨も避けられ、観覧席や水飲み場もある、鍛錬するだけならば贅沢な場所だ。
―――本当に燕の巣がある。
幸運の象徴である燕はグラン・シャル王国では雛が巣立つまで大事に見守られる。
燕たちが屋根の裏に泥を固めて巣を作っていた。カルマは一、二と指さしで巣を数え始めた。巣からひょっこりと顔を出した雛と目が合い、カルマは顔をほころばせた。
「オスカー、あれがつばめ?」
「そう、南の、暖かいところから渡ってきたんだ」
噂の真意を確かめるべく、とシリウスは半開きの扉から勝手に入った。心配だからとテオドロスがついてきてくれたのはありがたいことだ。
響き渡るのは木製の武器がぶつかる音。
鍛錬場の中央で踊るように剣を交える二つの影。アリスタとヴェロスだ。
アリスタは赤い唐草模様のターバンを頭に巻いている。帽子を被っていない彼は珍しくて新鮮だ。地面を蹴り上げ、上半身をよじって剣撃をぶつける度にターバンが翻り、踊り子のように華麗だと言わんばかりに足さばきを見せつけていた。
一方ヴェロスは体勢を崩さず受け流し、足元をほとんど動かさず適度にアリスタに反撃している。対照的な二人の剣さばきは思わず見とれてしまう。
観戦していたこちらに気が付いた二人はあっさりと剣を下した。
「———陛下?」
「おやおや、これはどうも陛下」
ヴェロスが恭しく頭を下げる一方、アリスタは馴れ馴れしく手を振った。
指摘するのも疲れたのか、ヴェロスは咎めなかった。
「噂の新参者とは貴殿らだったか」
シリウスも薄々勘づいていたようで、予想通りと満足気だ。
「噂とは?」
アリスタはターバンで汗を拭いながら尋ねた。
「新参者が騎士見習いとの勝負に勝って、ここ最近この燕の巣を独占しているって噂ですよ。まさか、アリスタ卿とヴェロス卿だったとは」
「ふーん。まさか、ねえ」
オスカーの受け答えにアリスタはつまらなさそうに受け流した。
「全く嘆かわしい。たかだか小国諸侯の末子、それもチャービル家一のろまと言われたこの俺から一本も取れない騎士見習いばかりとは。正直がっかりだ。俺はこれからの王都が心配でならない!」
アリスタは役者のようにわざとらしく大袈裟に嘆かわしい! と頭を抱えた。
騎士見習いとはいえ、アリスタやヴェロスよりも年長者は幾人もいたはずだ。それを彼ら二人だけで本当に打ち負かしたというのだろうか。あの模造剣の打ち合いだけでは図りかねるが、分かるのは彼らは本気ではないということだ。
「随分と元気が有り余っているな、アリスタ卿」
「これはこれは、飛龍の騎士殿まで。不甲斐ない見習い騎士の敵討ちか? それとも嫌味でも言われたか?」
爽やかに煽ってくるアリスタに、騎士は実直に答えた。
「そんなことはない。彼らも感心していた。諸侯の子息ならば剣を握る必要はない。余程ご両親の教えが良かったのだろう。万が一、ということもあるからな。護身術を身に着けておくのは大変良いことだ」
アリスタは眉間のしわをぐっと寄せた。
「飛龍の騎士に言われても、嫌味にしか聞こえないな」
「む、そうか。すまない」
「素直に謝られてもねぇ。そういえば聞きましたよ、王都騎士団団長にご指名されたとか」
「団長に指名されたのは大変栄誉なことだ。無論、七星卿全員の承諾があればこの話は受けるつもりだ。それに今は忙しくはない。椅子に座るのが性に合わんだけだ」
不毛、とも言えるアリスタの煽りにヴェロスは呆れたとばかりにため息をついた。
「もうよせ、アリスタ。卿はお前の挑発には乗らん」
「ちぇっ、つまらん」
アリスタは口を尖らせた。
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