閑話:燕の巣
ビーネンコルブ城、西の居館(パラス)に隣接している騎士を育てる鍛錬場である。城の警備にあたる騎士、兵士の居室があり、見習い騎士たちの鍛錬の場となっている。騎士の箱庭は王に仕える騎士たちの王都唯一の育成の場であり、各諸侯たちからの推薦状をもって入城が許可されている。
騎士の箱庭の敷地内にある、唯一屋内の鍛錬場「
その噂を耳にしたシリウスは現れるという刻限、昼過ぎに合わせて意気揚々と「燕の巣」へと足を運んだ。
カルマの体が快調に向かっているから城内を案内したい、などと言い訳をしているが、本心はその新参者の正体が気になっていただけなのだろう。
カルマと手を繋いだオスカーはつかつかと先行するシリウスの後をついていった。
―――病み上がりの子どもには剣術なんて刺激が強すぎるんじゃないだろうか。
オスカーの懸念などシリウスの好奇心に勝てるはずもない。
シリウスの髪は首筋を隠せるほどに伸びて、少女らしくなった。しかし当の本人は後ろ髪が首筋にかかるのが気に食わないらしく、先日ナイフで切ってしまおうとしたところを、オスカーとカルマで必死に止めた。結ぶことで渋々妥協したのだが、髪型に口を出すことは命懸けだった。少女が自らの手で髪を切ることは、神に命を捧げることと同義であり、生涯未婚を貫く覚悟を示している。そんな慣例など知らないとシリウスは主張したが、オスカーの焦燥ぶりと説得を聞き入れて何とか折れてくれたのだ。
上質な白いローブとベルンシュタンイン王家の象徴である琥珀のブローチを胸に着け、相変わらずドレスは好まず、ミルキーベージュのシャツに、濃紺の膝上までのキュロット、長い黒いロングブーツを履いている。
騎士の箱庭では、百余名の騎士見習いが在籍しており、拝命された騎士は五十名に満たない。騎士は貴族、名家に偏っており、剣を握る平民は兵士に分類される。実力や実績を認められ家名を貰い、騎士に成り上がる者もいるが、それは非常に稀である。
シリウスに言わせれば、「剣を握る覚悟もない騎士などごまんといる」らしい。
煉瓦とオークの宿舎、清潔な水路。
傍らの水路ではシーツやシャツの洗濯、食材を洗う女中たちで賑わっていた。彼女たちは「破れたシャツを縫わなくてはいけない」だとか「〇〇の家の騎士が若くてハンサムだ」とかおしゃべりに花を咲かせていた。
「あんたも洗うシャツがあるなら持ってきな」
こちらに気が付いた女中はシリウスが女王だと気が付かずに声を掛けた。一瞬、オスカーは肝が冷えたが弁解させる暇もなく、シリウスは爽やかに受け答えした。
「ああ、今はない。ところで『燕の巣』はこの先が近いだろうか」
「ああ、それなら宿舎の反対側だよ、騎士見習いさん」
まさか女王が洗い場に立ち寄り、それも身なりの良い少年兵の恰好をしているなんて想像もしていないから無理はない。
宿舎の反対側には鍛錬場を見渡せる程のテラスがある。
刃の凹みや傷だらけの十数の直立した丸太に打ち込む少年、青年たち。
模造剣だけではなく、真剣がぶつかる音もする。剣、盾、弓、槍の扱いの訓練をする彼らの横で真剣な面持ちで盤面、地図の駒を動かす上官たち。
射的場、城内お抱えの鍛冶屋も隣接しており、剣を鍛え磨く鍛冶職人たちが騎士見習いと使い心地を確かめている。
―――聞いていたよりずっと活気に満ちているな。
剣を下げたまま喋り歩き、一日を無駄に過ごす騎士見習いばかりだと耳にしたのだが、そんな様子はまるでない。
こちらに気が付いた幾人かの騎士たちが騒めき始めた。目的地にたどり着くまでの道のりがどうしてこうも長いのだろう。
「陛下、何故こちらに」
飛龍の騎士、テオドロス。
一日の大半を騎士の箱庭で過ごす騎士は、女王の突然の来訪に慌てて伝達したのであろう。珍しく息を切らしていた。胸だけに鎧を当てており、先ほどまで剣術の鍛錬に付き合っていたことが伺える。
「噂を確かめに来ただけだ。興味半分でな」
―――興味全部でしょうに。
オスカーは心の中で盛大なため息をついた。
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