第13話:最年少の七星卿(2)
宿屋を出た後も飛龍の騎士の人気ぶりは収まらない。しかし彼は驕ることも群がる人も無下にすることもない。
「オスカー、すまないが先ほどリャン殿から聞いた薬草を紙に記してくれ」
「わかりました。え、一人で行くんですか?」
「ああ、王都の外と分かった以上、君を連れて行くわけにはいかない。君たちは戻って陛下にお伝えしろ」
「テオドロス卿、一つだけお伺いしても?」
騎乗し、出発直前にオスカーは彼に対して疑問を問うた。
「構わない」
「どうしてあなたがそこまで子どもを助けようとするのか、教えてもらっても?」
騎士は目を丸くしたが、毅然たる態度で答えた。
「君も同じことをしているんだ。理由は聞く必要はあるまい。救える命を守らないものは騎士以前に大人として、男として、恥ずべき行為だからだ。そして俺自身が救いたいと願い利己的に行動しているに過ぎないのかもしれない。だが水が上から下へ流れるように、草木が太陽の下で育つように、人も人として当たり前のことをするだけだ」
オスカーは己を恥じた。
小国の七人に諸侯たちが揃った今、王国の権力争いの火蓋が切られたと言っても過言ではない。「今のうちにその候補を削るいい機会だろう」と目論んで、看過してしまうことこそが、政治的にもゆくゆくは有利に立つに違いないと思ってもおかしくない。
有力者であるテオドロスはそうしても咎められることはなく、許される立場にある。
救うことを選んだのではない。
元より切り捨てる選択肢は彼の中にはなかったのだ。
「俺はどうやら子どもが死ぬところを見るのは、耐えられないらしい。それに、もしかしたらその子どもが将来陛下の腹心としてお仕えするかもしれないだろう」
できるだけ早く戻る、と馬に鞭を打たせて騎士は王都の外へと駆けた。
*
騒然としていた城内が落ち着いたのは夜の帳が下り、城内の蝋燭に火が灯ってからである。
箱に詰められていた少年は、今は西の居館(パラス)の一室で眠っていた。用意した薬草茶で呼吸も整い、体中の膿んだ傷もリャンとフィオーレの二人の手当てによりいくらか回復し、あとは当人の体力次第であるという。特にテオドロスが手に入れた薬草の効能が解熱に覿面らしかった。
オスカーも沸かしたお湯を運んだり、布を洗ったりと水場と部屋の行き来を繰り返し、夜は死んだように眠った。
紫の国から王都へは最低でも五日はかかる道のりである。いくらか食糧を箱に同梱していたとしても、体のやせ具合から飢餓状態に近かった。物のように子どもを箱に詰める行為は愕然としたが、王国ではよくあることなのだろう。オスカー以上に動揺している者はいなかったが、しかし高貴な身分の者を女王へ従事させるのならばその少年もまたその身分に値するはずである。つまりは紫の国の次期後継者や王子であるはずなのだが、そんな子どもを箱詰めにする行為自体、「ありうべからざる」ことだ。
翌朝、オスカーは公務の合間にシリウスと共にその少年の見舞いに行った。正確には呪いを恐れた侍従たちに変わりオスカーが部屋の片づけをすることにしたのだ。シリウスはリャンとフィオーレに倣い少年の看病をした。未だ目覚めぬ少年の汗をぬぐい、服を着替えさせ、心音を確かめる。
女中のような変わり者であると城内に囁かれていたが、シリウスはそれが愉快であった。
「私に呪いは効かないことを皆知らないのだから。もう少しからかってもいいだろう」
紫の国は近隣諸国と国交をしないが故に、その内情の多くは霧に包まれていた。国教に新興宗教のラノメノ教を据えていることも近日知られた程度である。そのため、この少年の名も身分すらも確かなものすら分からないままであった。
オスカーはリャンが診療に使った道具をまとめた。また部屋に訪れるだろうからほとんどはそのままにしておくが、どうやら整頓は苦手らしい。分厚い本程の木箱すらも開けっ放しでそこには不揃いな形の小瓶に濁った色の液体が詰められていた。中にはすでに固形に化しているものもあり、治療に用いるとは思えないものだ。黒の国特有の彫刻が施されたその箱にあう蓋がベッドの下に転がっていたのを見つけ慌てて閉じた。
*
数日後、少年は目を覚ました。
夜明けの空のような紫色の目は彼が利発であることを物語っていた。
名も覚えていないその少年は女王により名を授けられた。
カルマ。
女神グラシアールを始祖に持つ大英雄の名。女神の力を持って第二の生を得た英雄の名である。王族の系譜の大層な名前を女王自ら授けられることは恐れ多いことだ。
そして驚いたのは五歳前後と思われたカルマは、実年齢は八歳だという。言葉も拙く体も年齢よりも小柄で細いものである。
そしてシリウスはこの少年の扱い、そして紫の国に対して憤慨していた。
諸侯でありながら王へ召し出した非人道的なやり方、紫の国現国王―――あくまでシリウスが戴冠するまでの間の地位―――に今回の無礼および王都への召喚に応じる命令の書簡を再三送り付けたが、一向に返事がないままだった。
カルマは女王預かりとなり、今後紫の国の要求の材料には一切利用しないことを定めた。
そして最後の書簡には期限以内に応じなければ強制的に兵を送り込むと書いたのだが、それでも返答がなかった。
再び女王の庇護の元、生を得たこの少年は、後の天狼卿と呼ばれる最年少の七星卿である。
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