第3話:臣下と朝食

 

 食堂は中央の居館パラスにあり、上階まで続くガラス窓に覆われている。庭園の一角のため日の光が存分に降り注ぎ温室のように暖かい。床は幾何学模様の細やかなタイル張りになっており、日の光できらきらと反射するその様相は美しい。

 最後に到着したのは予想どおりオスカーとシリウスだった。

「アリスタ。どうしたの、その恰好」

ぶつぶつと文句を言う青年が、濡れた服の上に布を被り、頭を拭き続けていた。

「それはそこの、冷血漢に聞いてくれ」

「時間通りに来ないお前が悪い」

 聞けば、起こす前に水瓶いっぱいの水を、リゲルは眠るアリスタの顔面にかけてやったらしい。

「溺れたかと思って焦ったぜ。縄で縛られたまま頭から海に落ちた時のことを思い出した」

 水も滴るいい男だと、濡れた本人は自画自賛して笑い飛ばしていたが、リゲルはすっかり呆れていた。

 胡桃色のふわりとした髪に、若葉色の目。少し垂れたその目元と自然な笑いが、誰とでも打ち解ける口達者でもある。十五とは思えない程の、世渡り上手だ。

 千草の国シャルトル―ズ、チャービル家のアリスタ・チャービル。

 何事にも好奇心旺盛で自由奔放な青年である。七星卿の中の問題児だと問われれば、皆が揃って指をさすだろう。

「お前、本当に学ばないな」

 アリスタの常習に呆れているというよりもはや感心している青年。

 太陽の人々と呼ばれるサザ―ダ人の血を濃く受けた褐色の肌に、その肌色に映える白いタ―バン。深い金色の短髪に翡翠色の目。痩躯でありながら体は鍛え上げられ、薄い布地からもそれがはっきりと分かる。

 橙黄の国、ブルトカール家の、ル=ヴェロス・ブルトカール。橙黄の国独自の発音のため、皆「ヴェロス」と呼んだ。十八になる、彼は七星卿の中では三番目の年長者だ。

 リゲルとアリスタよりも年上故か、二人の口喧嘩にはいつも仲裁役に回っていて、オスカーは時折申し訳なさも感じていた。

 とことこと、慌てた足取りでシリウスとオスカーの横についてきた小さい子ども。

「お、おはようございます、陛下」

 ゆっくりと頭を下げ、練習中のお辞儀をしたのは、まだ八つにも満たない紫の国(ヘリオトロ―プ)出身の少年。闇夜色ミッドナイト・ブル―の髪に、紫色の目。まだ大きい見習い騎士の服。袖が長いのか指先しか見えていない。

「おはよう、カルマ」

 シリウスは席に着く前に、カルマの目線に合わせてほほ笑んだ。

 シリウスが着席するのを見て七星卿は順に席についた。

 三種のキノコのスープにバターブレッド、分厚いベーコンに、細かく刻んだスモモを添えたヨーグルト。そして席の前には不揃いの各々のティーカップに紅茶が注がれていく。

 紅茶はグラン・シャル王国では最も親しまれている嗜好品の一つである。目覚めの一杯、食後の一杯、寝る前の一杯。財産を売り払い、茶畑へ移り住む商人もいれば、戦場でも茶畑があれば避けて通るくらいグラン・シャル王国の国民は紅茶好きなのである。

 テオは鼻孔をくすぐる注がれた紅茶の香りを楽しんだ。

「今朝はローハイエン(庶民の間でも親しまれている入手しやすい香りの強い紅茶)か。バターブレッドに良いな」

「流石、騎士殿。鼻がいい」

 皆のカップに順に紅茶を注ぐのは黒衣の男。

黒の国アン・シュー、シェン家のリャン・シェンである。黒髪黒目の黒曜人であり、溶かすような果実皮の声ハスキ―ボイスは不気味な魅力を醸し出す。足音がしないその歩き方はいると分かっていても背後に立たれると心臓が飛び跳ねるもので、皆からその苦情が来たせいか最近は手首に鈴をつけてくれている。元来彼はそこまでの配慮をする男ではないのだが、彼なりに思うところがあったようだ。

 紅茶の注ぎ方一つで香りと味が変わることからリャンはこだわり、紅茶係を自ら進んで引き受けていた。

「こいつにはミルクをたっぷりと入れるのがいい」

「いや、レモンだろう」

「お前らお子ちゃまだな。これはストレートに飲むのがいいんだよ」

 ヴェロス、リゲル、アリスタは趣味も趣向も、そして育ちも違うが故に同じ年頃でありながら小さいことでよく口論している。

「皆、紅茶が行き渡ったな。それから、一つ言わねばならんことがある」

 シリウスは咳払いをし、小さく呟いた。

「遅れてすまなかった」

 騒がしかった居館が水の底のように静まり返った。

「陛下が謝るなんて、これは明日雪が降るな」

「らしくないな、どうした」

 茶化すアリスタに、人の誠意のある発言に心配するヴェロス。

「陛下、お加減が悪いようでしたら、薬湯を飲んで横になる方がよろしいですよ」

 フィオーレは真面目に心配するフリをして楽しみ、リャンは笑いを堪えていた。

「―――私が謝ることがそんなにおかしいか」

不貞腐れたシリウスに、オスカーは思わず噴き出した。

 へそを曲げては叶わないと、食事の前の祈りを捧げて、穏やかな食事についた。


 これは戴冠式を迎えたその朝を迎えるまでの僕たちの短くも長い軌跡の話です。

 

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