第4話:七つの小国

セピア歴一〇一〇年冬。

ベルンシュタイン王家第十一代ギルガラス王崩御。

病床にあったギルガラス王には直系の後継者が王城におらず、王国の未来はギルガラス王の遺志により定められることとなる。

 先王ギルガラスは二つの「死の誓約ベルセラ」を立てた。

 「死の誓約」は死を間際にした者が神へと捧げる誓約であり、それを違えることは決してできない神との約束。誓約を果たさねば、王は神格化されず、かつての王たちに並ぶことも許されない。故に王の「死の誓約」は神の言葉となり、無視はできない。

 一つ目の「死の誓約」は、実の娘を玉座につけること。

 当時十歳であった隠匿の少女、シリウスに王位を譲るという誓約であった。

先王ギルガラスの死後、王の遺体を神と定めたアカシア神殿の使者により、シリウスは王都に呼び寄せられ王位につくこととなった。未来の王国の行く末を決める静かな動乱の中、オスカーは王都へ赴く以前、深い森の廃れた神殿で過ごすシリウスと出会い、彼女に同行することになったのだ。

 しかし彼女の頂にはまだ王冠はない。シリウスが即時の戴冠できないしがらみが多すぎたことも理由の一つだが、シリウス自身が時期尚早であると判断したことが大きいだろう。

 ギルガラス王が提示した二つ目の「死の誓約」は、王国全土を動揺させた。

各小国から七人を召し上げ、女王の夫とすること。

当時、シリウスから数えて三代前のメノリアス王により、フェーリーン全土にまで広がっていたグラン・シャル王国は王都を残して七つの小国建国を認めたことにより、王国はその形を保たなくなった。隣接する小国同士の争いは耐えず、特に西部の南北に分かれる二つの小国は百年以上に渡り戦争を繰り返し疲弊していた。

 森の中で隠れて暮らしていたシリウスが、大陸の情勢を知っていたのかどうかは定かではないが、小国の諸侯たちを王都に呼び寄せ臣下にするのは、王国再統一への第一歩であった。

 七つの小国から呼び寄せられた七人の諸侯たち。彼らはその身を女王に召し上げられ、臣下となり、後に彼らは『七星卿カヴァイエ―ル』と呼称された。臣下というのは建前で、彼らは女王シリウスとは婚姻関係にあり、つまりは未来の夫という立場になる。

 彼らが王都へ召喚されたのは、王の崩御より一年後の宮殿の庭園と町に花が咲き始める春の初めであった。

 従者も武器の持ち込みも女王への贈呈さえも禁じられ、彼らは単身で宮殿へと足を踏み入れた。護衛は城壁までの入国が許されていなかった。

女王が成人するまでは女王の臣下として扱うというが、未来の女王の伴侶になる可能性は十分にある。つまりはこの王国の最高権力者の地位を手に入れられるということだ。女王と婚姻関係になり子を儲けることになれば、それは父王として、政治的地位を高めることは言うまでもない。小国の権力者たちは競うように、出自も容姿も性分もベ―ルに包まれた女王へ妙齢の後継者たちを王都へ送り出した。

今分かっているのは以下


 「紅の国エカルラート」ココアニス家よりテオドロス・レグルス・ココアニス。

 「青の国セレスト」フローライト家より、リゲル・フローライト。

 「紫の国ヘリオトロープ」から一名。

 「千草の国シャルトルーズ」チャービル家より、アリスタ・チャービル。

 「白の国パ―ルトープ」よりフィオーレ。

 「黒の国アン・シュー」シェン家よりリャン・シェン。

 「橙黄の国サフラン」ブルトカール家より、ル=ヴェロス・ブルトカール。


 ベルンシュタイン王家の歴史において、王が複数の権力者の娘たちを娶ることはあっても、女王が君臨したことはない故に、七人の未来の夫を持つことは史上においては異例のことであった。

 大陸フェーリーンは勝利と正義の女神グラシアールの恩恵の元に創造され、彼女を称える教えはグラシアール教としてその大陸に根付いた。かの女神は複数の夫を持ち、多くの子どもを残したという。そしてその遠い女神を祖とする血族こそが、十一代に渡りこの地を治めたベルンシュタイン王家なのであり、シリウスはその十二代目に当たる。

 女神になぞらえて、子孫である女王様幾人もの夫を持つことは倫理観以外認められて然るべき、というのが王国の結論であった。

 数えられる程の代しか重ねていない王国は、それ故、未だ神話の力が政治へ影響を与えている。

 つまりは神聖と王政が入り混じることでこの国は統治されているのである。


 しかし女王が七人もの夫を持つこと、それは宗教関係者に波紋を呼んだ。

 シリウスから数えて先々代、信仰王ピュルゴスは新興宗教のラノメノ教に陶酔し、グラシアール教の衰退を増長させた。多神教であるグラシアール教と異なり、ラノメノ教は神は唯一であり、人は皆欲を捨てて生きるべきだと、戒律を守れば神の元に辿り着けるという教えを広めた。厳しい戒律を守る新興宗教でありながら、百年もの間に王国東部にまで勢力を伸ばし、真っ向からグラシアール教を反対する教えが戒律にいくつも記されていた。

 その戒律の一つに、「女が複数人の男と関係を持つこと、すなわち姦淫の罪に当たる」と記されている。それ故に、女王の治政を非難する声があがった。

 先々代の王が広めた戒律に、その子孫が破ることは許されざることであると。

 中にはアリやハチのようだと、蔑むものもあった。

 王国の政治を担う、高貴な家柄の出自の数名で構成される「小評議会」と呼ばれる、王の声を形にするために存在する機関がある。

 小評議会は新興宗教の信者の侮蔑の言葉に耳を傾けはしなかったが、数十年前より力を持ち始めたラノメノ教を抑圧する力もなく、あくまで古きグラシアール教の元に女王の複数の婚姻関係を認めるものとした。十四歳の成人までは正式な婚姻とはしないため、宗教的衝突は水面下のみとなったが無視できる問題でもなかった。

 そこで小評議会は慌てて過去の王政について調べ上げ、そして彼らの答えは最古の書物から導かれた。

 はじまりの王カノ―プスが発足した親政卿。七人の権力者が王に仕える制度である。

 王国に迎える七人の諸侯たちは未来の夫ではあるが、七人の権力者として古き制度の名を改め「七星卿」と定めたのである。

 しかし小評議会の真意は、信仰王ピュルゴスの宗教的投資と、先王のギルガラスの悪趣味な道楽により王家の財産はほとんど使い果たしていたために、七つの小国の後ろ盾は必要不可欠だったのである。

「つまり、七つの小国を迎え入れて、女王と形ばかりの婚姻をするのは、財政を何とかするためってことですか?」

「そういうことになりますな」

「城下では誰が陛下のお心を射止めるのかって持ち切りらしいですよ」

「史上初の女王だからでしょうな」

 積みあがる書物の机の前で、眉にしわを寄せペンを走らせる小評議会の一人で、外務大臣のレイニー・ディック候。四十五になる彼は短髪のシルバーグレイに、タイトな黒衣を身にまとい、身分ある男性にしては戦士ほどに鍛え抜かれた体格、風格をしていた。

 胸元には涙のような水晶のブローチが光っている。

 高貴な家柄のものには家名やその家を象徴する鉱物がある。琥珀はベルンシュタイン王家のみが装飾することが許されているのに倣っているという。

 ディック候は先王ギルガラスの時より仕えており、シリウスが女王の地位に就くのに一役買ったのだとか。オスカーも王都についてから懇意にしてもらっている。

「ディック候としては誰が陛下のお眼鏡にかなうと思いますか?」

「まず、テオドロス卿は難しいだろうな。いくら名高い騎士であろうと年が離れすぎている。子こそいないが既婚であったらしい。騎士の父君も王国への忠誠心を示そうと必死だな。それから、黒の国のシェン家の子息も病弱であるとの噂だ。聞けば城の外へは一歩も出たことがないのだとか。そうなるとフローライト家の神童か、それとも海賊のチャービル家の四男坊か」

「海賊?」

「チャービル家は自らをそう名乗っている。野蛮で品位の欠片もない連中だが、フェーリーン西方南方の海の覇権を握ってきた一族だ。血筋を気にしない陛下のお相手には十分だろうな。問題は紫の国ヘリオトロープが誰を推挙しているのか分からぬのだ」

 と、ディック候がいくら能弁を垂れたところで女王の心を理解できるわけでもなく。

「貴殿も苦労が絶えんな。陛下のお傍を朝から晩まで護衛とは」

「陛下は僕よりもお強いですから、護衛というのは少し、というよりかなり語弊がありますが」

「噂では陛下は棒切れ一つで森の獣たちから貴殿を守ったとか」

「お恥ずかしながら事実ですよ」

 オスカーは肩をすくめた。朝に弱いシリウスは日が高くなっても眠っており、起床する昼前まではオスカーは自由な時間が与えられた。そして一日傍にいるよりも、悩ましいことがあった。

 王都についてもなお、シリウスは絢爛なドレスよりも粗末な少年の恰好を好んだ。

 数度に渡るオスカーの説得によりようやく折れてくれたのだが、小評議会で女王にドレスを着せるにはという議題が上がるなど、どの国でも例のないことだろう。

肌着の状態で採寸をするのが通例で、無論男子は禁制になるところであるが、シリウスは採寸中もオスカーを几帳の中に入れた。仕立屋の老女たちは女性の着替えに男性を入れることに困惑したが、それ以上にオスカーが困惑した。

「浴場にまでついて来いって言われた時は肝が冷えましたよ」

「よい警戒心ではないですか」

「まあ、でも………。何かあっても僕じゃ闘えないんですけれどね」

「貴殿が陛下の愛人と口にする者もいるが」

「十一の少女に十三の側近の愛人ですか」

「陛下は女中を傍に置きたがらない、とか」

「ええ、まあ」

 レイニー・ディックはその理由をオスカーならば知っているだろうと踏んだらしいが、オスカーもシリウスのその胸中までは分からなかった。貴族の女が若い燕を囲ったり、が恋人を取られまいと召使の女性を家から追い出したりするのとは訳が違う、とオスカーは推測している。女中だけではなく、とにかく傍に人を置きたがらなかった。

 なるほど、これは確かに「愛人」と思われても仕方ないが、当人たちは年齢にして十代前半なのだから些か気が早いとも思う。

「陛下を誑し込むコツをぜひお聞かせ願いたいものだ」

 レイニー・ディックは深いため息をつきながら羽ペンを置いた。

「小国の諸侯たちをお迎えするための準備ですか」

「ああ。平等を保つために陛下のご意向で贈呈品は禁じている。ゆくゆくは必要になることには変わりないのだが」

 各小国は混乱し、王都へひっきりなしに知らせが届くらしく、外務大臣たるディック候の苦労ジワが増えた様子だった。

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