田舎-4


「これを持って行きなさい」


 町長さんが言うと、戸棚の上から黒ずんだ木片が転がり落ちてきた。手に取った感触は乾いていて、大きさの割に軽い。


「わしの体の切れっぱしじゃ。いざと言う時に助けになるはずじゃから失くさないように持っておくんだぞ」


「ありがとう」


「それと酷なことを言うが、本当に危ないときは自分で判断して逃げるように。鎌仲さんはそそっかしくて、そこらへんは役に立たんからな?」


「分かった」


「あと一応これも分かっているとは思うが――」


 突然、鎌仲さんが「だーだーだぁー!」と叫んだ。


「町長、分かってるから。分かってるから! 心配性だなぁ。ちゃんとオレも反省してるって。それより、早くあのガキんちょ追いかけなきゃマズいぜ! 急いてはコトを仕損じるって言うけど、これじゃ逆になっちまう!」


 そう言うと鎌仲さんは小さな翼を羽ばたかせて、戸口から外へと出て行ってしまった。私も「行ってきます」とだけ手短に告げて町長さん家をあとにする。


 鎌仲さんは植木の枝に止まっていた。彼の羽根色は夜闇の中でも不思議に冴えて見える。


「ああなると長いからさ、町長は」


 声色から、笑っているのだと分かった。地面に降り立って、ぴょこん、ぴょこん、と先導してくれる。さっきみたいに飛んで行ってしまわないのは気遣いなのだろう。


「二人は、仲良しなんだね」


「おうよ。別に付き合いが古いわけじゃないんだけどさ、なんか一緒にいると落ち着くんだよなぁ。町長は面倒見がいいし、癒やし系なのかな? だとしたら納得だぜ!  そういや、嬢ちゃんも弟さんとは仲いいのか?」


 うん、とは言えなかった。無邪気でだしぬけな問いかけに、後ろめたさが胸を焦がすような気がした。けど、親切で弟を探してくれている鎌仲さんに嘘を吐きたくはなかった。から、


「あんまり好かれては、いなかったかも。大人しい子だったから、ずっと無理させてたんだと思う」


 でも、思っていたより鎌仲さんの反応はおおらかで「まあ、子供は気まぐれだからな。何年かしたら普通に、お姉ちゃん大好き! なんて言ってくれるかも知れないぜ?」と陽気に励ましてくれる。それが不思議と嬉しかった。


「とりあえずのところに行こうぜ。嬢ちゃんも、真がどこにいるか分かってないんだろ? そうなったらこういう手段で探す方が早いからな」


「そのひとも詩を書いていたの?」


「おう。そーだぜ。趣味がぜんぜんオレとは合わないんだけどな!」


 しばらくすると一軒の民家が見えた。小洒落ていて、まるでカフェのような佇まいだ。植え込みの緑がきれいで白く塗られた外観に映えている――なんて考えていると鎌仲さんが「CLOSED」と札の掛かったドアをくちばしで連打し始めた。


「オラ起きろ起きろ起きろ起きろ! お客様のお見えだぞ占い師ィ!」


 びっくりした。扉ががちゃり、と開かれたときにはもう遅かった。中から現れたのは一羽のふくろう。意外とサイズは小さい。両手で包めそうだと思った。植え込みの木の上に止まると、くわっと目を見開いて叫ぶ。


「うっさいわボケ! 何時や思とんねん腐れカマナカ、ええ加減にせんと殺すぞ!」


 かなりドスの利いた声だった。現在、午■■時。

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