田舎-3
「鎌仲さんには後でしっかり反省してもらうとして」
すっかり元の大きさに縮んでしまった小鳥さんはそれを聞いて震えていた。私はそれを見て、小鳥さんはあの後すぐに「お嬢ちゃん、ごめんな。気が回ってなかったんだ」と謝ってくれたからあまり怒られすぎないといいな、と思った。
「先に、あれについてお嬢さんに説明した方が良さそうじゃな。何かと不安じゃろう、分からないままに事が進んでいくのは?」
私は頷いた。真くんのことが胸にしこりのように残って気がかりだったのだ。町長さんは私たちを中に招き入れると、穏やかな声で語りはじめる。
――まず前提として、ここの住人は詩人の亡霊なんじゃ。吹き溜まりのように、そういう人間が集まる土地なんじゃよ、ここは。で、ここに辿り着く頃には、すっかり変質してしまって人間だったときの色々を保てんくなっている。鎌仲さんは比較的生前の記憶がある方じゃが、わしなどはもう自分の名前も思い出せない。全部が、まるで黒塗りになったかのように思い出せないんじゃ。
お嬢さんの弟は恐らく、わしらと同じ状況にあるんじゃろう。名前を言おうとすると、■■■と、そういう風になってしまうんじゃろ? それじゃ。それじゃ。この世界では、誰もその名前を思い出せんくなる。
で、そういう風に記憶を失った詩人の書いたものは制御が効かなくなってひとりでに彷徨うようになる。あの少年や、鳥打ち、くらげのように。
詩人の念がこもった強力な怨霊じゃから、中々うち祓うことは難しい。精々が、詩集のなかに一時的に封印したり、ぐちゃぐちゃに引き裂いて詩として機能できなくさせるのが一杯じゃ。
根本的に解決するには、詩人に生前とは別の名前を与えてこの世界に定着させるしかない。わしが「町長」と呼ばれているのもそのためじゃ。そうすれば、もう一度詩に制御を効かせられるようになる。
じゃから、先に弟御を見つけた方がいいぞ。別にあやつの存在が何か弟御を探す手掛かりになるわけでもないんじゃろう? それに――、
「あれは悪性のものじゃ。近づかん方がいい。一人歩きした詩は周囲の存在に害をなす。野の獣のように、危ない存在なんじゃ」
「でも……、」
私は言いよどむ。私は真くんともう一度話がしたかった。それに、真くんがそんな悪い子だとは到底思えなかったから。
でも、彼は実際に鎌仲さんを襲ってしまった。町長さんたちは本当に私を心配して言ってくれているんだ。
でも、でも――、
「――あ、これ、」
私は羽織っている学生服に気が付いた。襟の部分を摘まんで町長さんたちに見せる。
「これ、真くんから借りたの。返さなきゃ」
「真くん、ずっと優しかったから。お礼を言わなきゃ。会って話をしなきゃ」
「私、真くんを探しにいく。■■■のこと、一緒に探してくれるって、真くん言ってたから。だから、真くんが危ない子だったとしても、会いにいくよ」
町長さんはしばらく唸っていたけど、やがて、
「まあ、優先するべきはお客さんの意志、じゃな。分かった。手伝おう」
「いいの? 助けてくれるの? 危ない目に遭ったのに?」
すると鎌仲さんが横合いから「さっきは本気出せてたわけじゃないからさ、安心しろよ。オレなんか全然へっちゃらだぜ? すぐにアイツとっちめて嬢ちゃんのところに連れて来てやるからな」と笑ってくれた。
何だか心が温かくなって「ありがとう」と、私も表情を緩ませて返す。
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