田舎-2


『鳥打ちさんは鉛玉込めた』


 不意に、真くんがそう呟いたのが聞こえた。


『いのち、ガラスが割れました』


 小鳥さんと町長さんが身構えたのが分かった。


『七つ八つと泣きながら』


 だめ、と叫ぼうとした。


『鳥打ちさんはまた鉛玉込めた』


 彼は止まらなかった。黒い影は真くんの足下から立ち上ると、大人の男性の輪郭を取って真っ黒な鉄砲を構える。瞬く間に銃声がした。空を羽ばたいていた鳥さんがふらりとよろめいた。落ちていく。けど地面にふれる直前、鳥さんのくちばしの隙間からもっと大きな鳶色の鳥が這い出してきた。


「お前このクソガキが舐めてんじゃねーぞオイ〝! 見ず知らずの他人様をいきなり撃って良いなんてルールがどこにあんだよ、道徳の授業で習わなかったよクソが! クッソ痛ぇ! もうオレ怒ったからな? 怒ったからな!?」


 這い出してきた鳥さんが怒鳴った。途端その背中を内側から裂くように更に巨大な鳥が現れる。まるで次々に脱皮していくようだった。けれど抜け殻が完全に剥がれきらないうちにまた脱皮するものだからその姿は沢山の鳥が寄り集まって出来た化け物と言った方が正しい気もした。


 異国の織物みたいだった。目に刺さるような色とりどりの羽根が積み重なって一つの大きな生き物を形作っている。右の翼と、まとわりついた抜け殻が真くんを強かに打ち据えた。

 でも、いない。

 さっきまでそこにいたはずの真くんは、離れた木陰から無傷の姿を現すと手帳を取り出して歌うように読み始める。


『エーテルは重く、泳ぐ海月をつらまえて』


『はや草花もぐったりとして』


『月明かり幾つか筋をゆらめかせ』


『この無数の手で、私はいおをたべるのです』


 くらげだ。私よりはずっと大きいけれど、鳥さんよりは一回り小さい。くらげは体格差を補おうとするかのように触腕をめいいっぱい広げて絡みついた。そうしている間にも「鳥打ちさん」が一つ二つと弾を撃ちこんでいく。


「お前ふざけんなよマジで毒クラゲとか頼んでねぇんだよシビシビシビシビしやがって気持ち悪い! 俺のきれいな毛並みが爛れたらどうしてくれるんだオイ!」


 ぶちり、と千切れる音がした。直後、空が暗くなったのに気付いた。見上げると沢山の鳥の抜け殻が頭上に降ってきている。鳥さんがくらげの拘束から脱出するときに剥がれてしまったみたいだった。


 体が竦んで、目を閉じる。


 そっと誰かに抱き上げられた。細いけれど、仄かに筋ばった腕だった。目を開けたときには体温は離れていて。私の真後ろに鳥の死骸が山積みになっているのを見て、あれに押し潰されていたら危なかっただろう。「助けられたんだ」と思った。


「クソッ、取り逃がしちゃったよ。嬢ちゃんごめんな、ここで仕留めておいた方が後腐れもなかったんだろうけど、アイツめちゃくちゃ強くて……」


「――鎌仲さん、先に言うべきことがあるじゃろ?」


 町長の声がした。ものすごく怒っている声色だった。


「お客さんを危険に曝して。安全面には気を付けろ、とさっき言わんかったか?」

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