幕間-部屋-1


 多分イマジナリーフレンドと言うのだと思う。いつの間にかこの部屋に現れて、ぼくの話相手になってくれていた君は、世界でいちばん大切な友人だった。


「なあ、真、」


 君はいつも学校の帰りに寄ってくれていたのか、黒地に金のボタンの映える学生服を着ていた。部屋の扉を開けて学生帽を脱ぐと、それを椅子の上に置いて、わざわざぼくの枕元に座るのだ。ぼくはその一連の動作に頬を緩ませながら相槌をうつ。


「んー」


「お前、本当に行かないのか?」


「うん」


 君がぼくの目の前に突き出したのは、姉さんの出る演劇発表会のチラシ。やっと役を貰えたって嬉しそうに笑っていた。出来ることならぼくも見に行きたいし、行ったほうが姉さんも喜ぶと思う。でもさ、


「君も知ってるでしょ。無理だよ」


 ぼくは生まれつき呼吸器が弱かった。それも、ろくな日常が送れなくなってしまうくらいには。だから友達である君は学生服を着ているのに、ぼくだけ病衣を着て横になっている。


「でも、前は行きたいって、」


 ぼくは頭を振って、君の言葉を遮る。


「怖いんだ。姉さんに嫉妬をぶつけてしまうのが。そりゃ、最初は嬉しかったよ。家族の晴れ舞台だ。見に行きたかった。けど、同時に思っちゃったんだ。なんで、姉さんだけ、って。日ごとにその気持ちが増してくる。多分、だめだ」


「真、」


「何?」


「僕は、もうここには来ない」


 空想の存在に過ぎないはずの君が告げたのは、ぼくの知らない言葉。


「無理だよ。こうしていなきゃぼくらは」


「こうして僕が『行った方がいい』なんて言う以上、お前の中には迷いがあるんだ。きっと自分の気持ちと向き合うべき時が来たんだろう。僕はもう、消えた方がいい」


 その言葉に目を瞠った。頭をガンと殴られたような、そんな眩暈を覚えた。


 君は帽子を取って立ち上がった。縋ろうとした手が空を切る。君はそのまま歩いていく。


「置いていかないで、」


 慌ててぼくはベッドから身を乗り出して叫んだ。転がり落ちるように布団から這い出て、君を追いかけようとする。壁を支えに一歩進もうとして、力が入らなかった。浮遊感が身を包んで、そのまま床が目の前に現れて、鈍い音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る