繁華街-4


 僕は■■■の姉を名乗る少女の登場に多少動揺していた。

 まさか、この世界に僕以外の意思疎通が可能な人物がいるとは思ってもみなかった。「鳥打ちさん」は確かに人型だが、誰かと言葉を交わそうとする性質は持たない。手帳をめくってみても彼女らしき詩は見つからなかった。


 突然放り込まれたこの世界に解決法があるとするならば、彼女の他に手掛かりはないんじゃないか。所詮、鯨も緑猫も手帳の中の存在に過ぎない。彼らを本来あるべきところに戻したところで、再び溢れかえるだけに過ぎないのだから。僕もそろそろ飽きてきたのだ。何か、気休めに希望を掛けられるものはあった方がいい。


「で、おまえ、どこか行くアテはあるのか」と、僕は鯨のページを手帳にしまい込みながら尋ねた。彼女は素っ頓狂な顔をして、


「え?」


「人探しをしているんだろう? どこに探しに行くんだ」


「分からない」


 今度は僕が素っ頓狂な声を出す番だった。分からない? それでどうやって見つけるつもりだったんだこいつは。いつの間にか、僕はかぶった帽子のつばを親指と人差し指で擦っていた。くだらない癖だとは分かっている。気分をごまかそうとするとこうなってしまうのだ。しばらく思案した後、彼女に提案してみる。


「駅へ行くぞ。おまえなら僕には乗れない車両に乗れるかも知れない」


 彼女にも色々訊きたいことはあるようで、しばらくまごついていたが、やがて小さく息を吐くと「手伝ってくれるの?」


「ああ。他にやることもないし」


「その、手帳は?」


「別に全部回収したからって何があるわけじゃないぞ。まあ、手元にあった方が何かと便利だが、使う目的がなきゃ同じだ」


「……そっか。ありがとう」


「ああ」


 駅の中にはいくらか詩の残骸が残っていたが、無駄に時間を掛ける必要はない。「鳥打ちさん」で足止めさえできれば、そのまま切符売り場にまで駆け込める。■木、■■神宮、梅■……いつも通り名前はぼやけて読めないが、目的もなく使う分には問題なかった。だが今日は、横にいる少女が代わりに見てくれる。


「何か気になる駅名はあるか」


「ねえ、」


「何だ」


「あの一つだけ黒塗りの駅は?」


 彼女が指さしていたのは路線図の空白部分。しめた、と思った。


「そこだ。■■■は多分、そこにいる」

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