繫華街-2
煌々ときらめく街並みの向こうがぐにゃりと波のようなうねりを見せたかと思うと瞬く間に近づいてきてビルがビルが建物が道路が呑み込まれていく。
鯨だ。
私たちはあれから逃げてきたのだ。真くんのことばを鑑みるに、物陰できゅおうきゅおう鳴くあの緑猫が鯨を呼んだのだと思う。
鯨がひとつ身を捩って泳ぐたびに、地面がぐわんと揺れるので、再び逃げようとした私は真正面から転んでしまった。口の端が切れたのか、舌に染み付くような鉄の味がする。私は服の袖でさっさとそれを拭って立ち上がると、真くんの手を掴んで走り出した。ちょうど彼の手は私に差し出されていたので、体勢が傾くことはなかった。
「待ってくれ、」
「行こう。ここから離れなきゃ、」
「迎え撃つ。大丈夫だから」
そう言って彼が手帳を取り出した瞬間、躍り掛かるものがあった。緑猫。羽根に包まれた体を翻し、彼の手元からそれを叩き落として口に挟むと、そのまま走り去って行く。真くんは小さく舌打ちをすると「あれから先に片付けないと不味いか」と呟き、学生服のポケットにもう一度手を入れると、くしゃくしゃな紙の切れ端を取り出して、何かを口ずさみはじめる。
『鳥打ちさんは鉛玉込めた』
『いのち、ガラスが割れました』
『七つ八つと泣きながら』
『鳥打ちさんはまた鉛玉込めた』
すると、真くんの影がゆらめいて這い出すと、大人の男のひとの形に姿を変えて真っ黒な銃を構える。
音。
私が耳を塞いだ手を放して目を開けたときには、緑猫はもう、よじのぼっていた飲食店の裏の配管から転げ落ち、胸元を赤く染めて倒れていた。「鳥打ちさん」もいつの間にか姿を消している。真くんは猫の死骸に歩み寄ると手帳を拾ってそこから一枚ページを破り取るとまた歌い出す。
『グアテマラ硬貨を盗んだ猫、』
『猫に緑の羽が生え』
『ピチチチチチと鳴いたそれの』
『モース硬度を確かめて、七』
すると緑猫の体からきらきらとした何かが空へと溶け消えはじめる。輝きは、傷口から漏れ出しているように思えた。みるみるうちに猫はしぼんでいって、残ったものは小さな紙切れひとつ。私はそれを手帳の中にしまった真くんに駆け寄って、
「ねえ、さっきのは何なの?」
「手帳から逃げ出したのを戻した」
「そうじゃなくて、」
「これは■■■が書いた詩のメモだ」
振り向いて微笑んだ真くんはどこか恐ろしく感じられた。
「それは真くんが書いたの? ただの手帳がそんな……」
「いや、違うぞ。これはな――」
そこまで言い掛けたところで私たちの上に大きな影が差す。あ、もうか。真くんが呟いた。景色を閉じ込めた鯨が大口を開けて、
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