第6話
カズキ少年はじいさんの墓をバットで殴った張本人だ。
彼がいろいろな悪さを終えて家に帰ると、母親が台所で何かを刻んでいる。
母親と口をきかなくなって久しい。少年は何も言わず、二階へ上がった。
少年の部屋では、テレビがつけっぱなしになっており、ゲーム機がそこにつながれている。ゲーム機の横側にひびが入っているのは、ゲームをうまくクリアできなかったときに彼がかんしゃくを起こして蹴り飛ばしたからだ。
彼の部屋は広い。大きな観音開きのクローゼット、セミダブルのベッド、成人誌が載った机、座椅子、漫画の詰まった本棚、中学生にしては贅沢すぎる部屋だ。
少年がベッドに寝そべって成人誌を読み始めたとき、クローゼットの中でコトリと音がした。何か固いものが落ちたような音だ。
強烈な残虐描写のある漫画のページを眺めていたカズキ少年は、ちらりとクローゼットに目をやった。きっと頭の中で、何が落ちたのだろうかと考えているに違いない。納得する答えがあったのか、それとも単に面倒になったのか、やがて彼は漫画に目を戻した。
すると再び、トン、と音がする。先ほどよりも小さいが、重量感のある音だ。誰かがクローゼットの中からノックをした、そんなような音。
さすがに気になったのか、少年は舌打ちして立ち上がる。クローゼットを勢いよく開いた。
そこには、女がいた。
「うおぅ、びびったぁ」
カズキ少年はなぜかにやけて飛びのいた。残虐な漫画の読みすぎでどこかしら麻痺しているのかもしれない。
女は動かない。コトリという音も、トンという音も、クローゼットの内側にもたれるようにして座っているこの女の手や頭が当たって鳴った音に違いない。女はやせぎすで、ネグリジェなのか、薄いワンピースのようなものを着ていた。
「おい、誰だよ」
女は答えない。うつむいて、その顔は髪に隠れている。
カズキ少年は無造作に、女の髪を引っ張って上を向かせた。シーツを洗うために掛け布団を持ち上げる、そんな動作だった。
女の顔を見た少年は何も言わなかった。驚いたのかもしれない。混乱したのかもしれない。何も感じなかったのかもしれない。どうでもいい。
女は、カズキ少年の母親の顔をしていた。青白い顔で、目はどんよりと曇っている。すでに息絶えていることは明白だった。
トン、トン、トン、という音が聞こえた。階段からだ。
一階で包丁を動かしていた何者かが、二階に上がってきている。
スパイ少年は、村長をバットで殴った張本人だ。
スパイという名は本名で、漢字では素牌と書く。漢字に意味はなく、両親がスパイ映画好きだということでこの名があてがわれた。
夜でも両親は家にいない。スパイ少年の体格が大きくなって、父親の腕力を超えたあたりから、両親は家に寄り付かなくなった。
彼はソファに横になり、シュークリームを頬張る。大の甘党なのだ。シュークリームは紙袋いっぱいに買わないと気が済まない。両親がご機嫌取りにケーキを買ってこようものなら、ホールでないことに納得できず暴力をふるった。
テレビでは昨年話題になったアニメ映画がやっている。少年はぼんやりと見ながらもぐもぐしていたが、突然身体を起こしたかと思うと、真新しいシュークリームを手に取って、テレビに投げつけた。シュークリームはモニターのど真ん中に命中し、中身をぶちまけた。どうやら、映画のストーリーが少々入り組んでいたため理解できず、腹を立てたらしい。
テレビをあきらめ、ソファから立ち上がる。そのまま、台所へと続く引き戸を開ける。のどでも乾いたのだろうか。
「え」
スパイ少年が声を上げる。扉の向こうにはダイニングテーブルとキッチンが見えるはずなのだが、真っ暗だったからだ。電気を消したとしても、ここまで暗くはならない。目が慣れるとかそういう問題ではないほどの暗闇なのだ。
慌てたのか、彼は後ずさり、リビングに戻ろうとする。しかし、もうリビングも暗闇なのだ。クリームまみれのテレビも、少年の形に凹んだソファも、何もない。前にも後ろも、真っ暗闇だ。
「くそったれ。どういうことだよ」
少年は手探りで辺りをうかがう。もう引き戸も見失ってしまった。
少年の手が壁らしきものに触れる。それはひんやりとして、少し湿った感じがする――家の壁ではない。
どうやら、この壁は石でできているようだ。明かりのないトンネル。彼は、いつの間にか、視野のきかないトンネルにいるのだ。
スパイ少年は壁伝いに、進み始めた。リビングのあった方だ。キッチン側へ進むより、反対側に進んだ方が、助かる見込みがあると思ったらしい。
彼が気付くにはまだまだ時間がかかりそうだが、前に進もうが後ろに進もうが、このトンネルには永遠に終わりがないのだ。
少年は悪態をつきながら、ひたひたと壁を探って進み続ける。
闇はどこまでも続いている。
墓を荒らした残りの三人については割愛しよう。カズキ少年とスパイ少年よりも程度は軽いが、とても怖い目に遭った、とだけ言っておく。
さらに言えば、それで少年たちが改心するかどうかはまた別の問題だ。そもそも、それは彼ら自身の責任ですらないのかもしれない。
鬼門は、駆けつけた鶴野らによって閉じられた。豪華な食事を並べ、朝まで待っていたばあさんは、鶴野らと一緒に置手紙を見つけて泣いた。鈴村社長は手紙を読んで「バカたれ」と怒った。社長から話を聞いた村長は、ただ「そうか」と言った。
警察はカズキ少年とスパイ少年の失踪と関係があるのではと疑い、重要参考人として伝助を探し始めた。ばあさんや社長にあてた手紙の中身もあらためられた。しかしそこには、今後どうしてほしいかという願いこそあれ、伝助自身がどこで何をするのかまでは書かれていなかった。
長い時間が経った今でも、伝助は見つかっていない。消息も、手がかりも、何もかも。
村の鬼門は閉じられたままだ。
ただいつの間にか、村の伝承に、藪の中にたたずむ青年の話が加わった。
彼は寂しそうな目をして、道行く村人を見ているのだそうだ。
赤い口承 葉島航 @hajima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。