第6話 初めての恋、そして別れ(最終回)

それから、しばらくして二人はごく自然なかたちで引かれ合い交際を始めた。和は二十歳になっていた。決して認められる関係ではない。和にとっては、初めての恋だった。しかも十八歳も年上のドクターだなんて、ついこの間まで、田舎の高校生だった自分が、まさかこんな恋愛をするなんて思ってもみなかった。初めての恋、初めての人・・・


やがで、和は寮を出て、ひとり暮らしを始めた。一人にしては贅沢な新築でおしゃれなマンションだ。実は、細川が借りてくれたものだった。いつでも会えるわけではないから、会いたいときにゆっくり会えるようにと。このまま、二人はこの関係がいつまでも続くと思っていた。しかし、半年くらいして細川は民間病院から、大学病院に帰ることになり、徐々に忙しくなる。和のマンションに来る日も減っていた。


二人の間に隙間を感じ始めた頃、和はその頃の気持ちを詩にのこした。


「会いたくても、会えないあなただから・・・


電話したくても、できないあなただから・・・


いっしょに歩きたくても、歩けないあなただから・・・


ねぇ、あなたの日常の邪魔はしないから、


せめて、ここへ来た時は、何もかも忘れて、私だけを見つめてほしい。


タバコの吸殻も、飲みかけのグラスも、そのままにして眠るの。


目覚めて、あなたが、ここにいたことが夢でないように・・・」


細川は、大学で期待の医師として注目を浴び始めた。出世街道を上り始めたのだ。和は、自分が彼の出世に邪魔になるのではないかと感じ始めていた。


ある日、細川が切り出した


「俺、ドイツに行くことになった。」


和は、無言のまま細川が、続けるのを待った。


自分から別れは言いたくない。細川に言わせようとしたのだ。


しかし、言葉が出てこない。細川もまた、和の反応をうかがっている。


静寂な時間が、二人を引き裂くかのように、空気に亀裂を入れていく。五分くらいたったろうか・・・


「もう、別れましょう。これがいい機会だと思います。」和は、負けた。この空気に耐えられず別れを切り出した。いや、勝ったとも言える。自ら、人気医師を振ったのだから。


そしてこう続けた


「いつまでも、こんな生活が続くなんで思えないし・・・」


細川は、和を抱きしめた。力いっぱい、やりきれない思いを込めたようだった。この日二人は、これまでにない、濃密な夜を過ごした。


もともと、口数の少ないシャイな細川は、最後に「君を幸せにできなくて、ごめん」とだけ言った。和は、その言葉の背景にいくつもの思いが込められていることを察した。彼らしい最後の言葉だった。和、二十一歳。始めて恋の終わりを知った。


そして一ヶ月後、細川は、家族と共にドイツへ発った。季節は秋。和は准看護師の資格をとり、晴れて、准看護師の仕事ができるようになった。それと同時に、看護師を目指すべく進学することにした。


しばらくして、和は始めて細川と行った、祇園の鉄板焼きロイヤルへ行くと、マスターが少し驚いた様な表情でこう言った。


「細川先生から手紙を預かってますよ、いつかあなたが、ここに来たら渡してほしいと。」細川の粋な計いと、その優しさに触れた和は、紅に染まりかけた街を背に、グラスを傾けた。



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「紅の街に明日を探して」 @mey

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